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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-117

第四六話 《変後暦四二四年三月五日》


 指先に感じた冷気で、エリックは異常に気がついた。子供が眠るCS装置から、冷気の湯気が立ち上っているのだ。どうやら先ほど小型無人機の銃撃を食らい、損傷しているらしい。よくよく中を覗きこんで見れば、凍ったままの子供の体にも、銃弾によるものと思しき傷がついている。
「これは助からないな……」
 コールドスリープの基本は、一瞬での凍結と解凍である。外気に晒して徐々に解凍したりすれば、単に凍死するだけなのだ。子供には可哀想だが、エリックには何もできはしない。修復の為の機材もないし、そもそもエリックは技術者という訳でもない。
 成す術もなく、見ている事しかできないのだ。クリスが討たれた、あの日のように。
「…………?」
 湯気を立てるCS装置を暗鬱な気持で見つめるエリックだったが、ふと、装置におこっている変化に気付く。冷気の湯気が、止まっていたのだ。
 もう冷気も出ないほどに装置内部の温度が上がってしまったのかと、エリックは一瞬考えた。しかしCS装置内部は、絶対零度に近い温度。そう直ぐに温まる筈もない。
「どういう事だ……っ!?」
 呆然とするエリックの目の前で、CS装置から盛大に蒸気が噴出。重い音と共に装置の蓋が、横にスライドするようにして外れた。蓋の外れたCS装置の中から、光が溢れるように通路を照らす。突然の事に後退さるエリックを他所に、装置の中からにゅっと伸びた小さい手が、たどたどしく装置の淵を掴む。
 できの悪いロボットのように、ゆっくりとした動きで。本当にゆっくりと、凍っていた子供の頭が姿を現す。さらりと揺れる金髪に覆われた頭に、手術痕のようなものがあるのを、思わず凝視していたエリックは認める。
「…………」
 油の切れたロボットさながら……むしろ棺桶から這い出すゾンビのようなその様子に、エリックは立ち尽くしていた。が、やがて我に返り、子供の方へと駆け寄った。よく見れば、着ている服も何処か手術の時着せられるようなものだ。と、全身を見て気付いた。服には先ほど小型無人機の銃で空いた穴があるが、体には出血した跡は見られなかった。もしかすると元々服に穴が開いていたのを、勘違いしていたのかもしれない。
「大丈夫か?」
 幾分気味の悪さを感じながらも駆け寄ったエリックは、装置の外に這い出そうとしてる子供に無傷な方の手を差し伸べる。しかし子供はエリックに構う様子もなく、上半身を起こし。……そのまま装置の淵についているボックスのようなものに、つんのめるように頭から突っ込んだ。
「……」
 だくだくと、赤い血がボックスを濡らす。
「っと、大丈夫か!?」
 はっと我に返ったエリックが、子供の頭を起こそうとする。だが何かで留めてあるかのように、子供の頭はボックスに張り付いたまま動かない。それを不思議に思いながらも子供の頭をボックスから引き剥がそうと、エリックが力を込めた瞬間。
「っ!?」
 子供の頭はふっとボックスから離れて、勢い余ったエリックは子供を抱えるようにして後ろに吹っ飛んでしまった。
「ぐぅ……っ!!」
 負傷した腕に衝撃を受けて思わず呻くエリック。その腕の中で、子供がゆっくりと立ち上がった。ゆるゆるとした動きで立ち上がった子供は、エリックの方に向き直る。
深い緑色をした大きな瞳と、目が合った。そこで気付く。子供の額には、何の傷も無かった。ボックスに強打し、血を流していたにも関わらず、だ。ただ、額の部分から白い粉が零れた……ように見えたが、確認する間も無く粉は見えなくなっていた。
「な……?」
 訳がわからずに子供と見詰め合うエリック。ふと、子供がエリックの方に腕を向けた。
 意図が判らず、エリックが首を傾げかけた時。変化は起こった。
 子供の小さな手に、白い粒子が踊ったように見えて。見る見る間に、子供の手には銃が出現していた。何かの手品のようなその光景に魅入りそうになったエリックだったが、本能が発した警戒信号が体を動かしていた。
「…つぁっ!」
 つま先で子供の手を蹴り上げ、刹那の後に銃が天井へと銃弾を吐き出した。反動に耐えられなかったか、子供の腕が妙な方向に曲がる。それを表情もなく見遣る子供。
 得体の知れない恐怖を感じながらも、エリックは倒れたままの体勢で素早く子供を蹴り飛ばした。既に、相手を子供だとは思っていない行動だ。
成す術も無く通路に叩きつけられる子供に向かって、落ちていた自分の銃を拾って構えるエリック。丁度、子供が身を起こしそうとして振り向いた所だった。


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