『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第二部』-27
「エリック〜?もう、置いてくわよ〜」
考え事に没頭していたエリックに、声がかけられる。
見れば、クリスが少し先で待っていた。どうやら足が止まっていたようだ。
「ああ、悪いな。」
小走りに駆け寄るエリック。
クリスの姿を見た途端に、悩みは消えていた。クリスと一緒に居られるなら、どんな罪でも背負ってゆける。二人なら、なんでもできる気がした。
「もぅ、何してるんだか……そうだ、それよりさ。ルゥンサイトに着いたら、色々と観光しない?」
ふくれっ面から一転して、無邪気な笑顔を見せるクリスは、まるで子供のようだ。
―――昨日の夕方以来、クリスは少し変わった。やや子供っぽい表情を見せる事が、多くなった。恐らくそれが、クリスの本当の顔なのではないだろうか。
そしてエリックは、その顔を見せるまでに信頼されたという事だ。
多少驚きはしたが、悪い気はしない。
「栄えてる国だから、きっと色々あるよ!あたしそうゆう所行ってみたかったんだぁ〜…アイスとか、キャンディとか……はぁ……」
夢見る瞳で語り、クリスはため息をつく。
「……………」
お前の興味は食い物か。と言う言葉を、エリックはやっとの事で飲み込んだ。
クリスは生まれた時から士官が決定していたという。恐らくそんな華やかな所には、行った事も無ければ、甘いものを食べたりする事すら無かったのだろう。
意外と、箱入りなのかも知れない。
「ペーチノーイルも大きな街らしいだけど、戦時中じゃあ何も無いもんね。」
少し寂しそうに、苦笑するクリス。そんなクリスを慰めるように、エリックは彼女の頭にぽんと手を置き、優しく撫でる。
「まぁ、ルゥンサイトに行ったらのお楽しみだな。小さい頃一回だけ連れてってもらったが、ルゥンサイトの首都オジュテーはかなりでかい街だ。なんでもあるさ。」
優しく笑いかけ、クリスの目を覗き込む。
「そしたら美味いもの食べて、映画でも観てみるか?」
「えいが……?…うん、みるみる!」
映画の存在すら知らなかったのか、興味津々といった感じでクリスが食いついてくる。
意外な所で物を知らない。ジュマリアとナビアの文化は非常に似通っているので、文化の違いのせいではない。多分、家庭環境のせいだろう。
「よ〜し、それじゃ、早く行こ!」
クリスはエリックの手を取ると、ぐいぐい引っ張る。
「…あ………」
クリスの暖かく柔らかい手に包まれた自分の手。その感触に、思わずエリックは照れてしまう。
「どうしたの………あ。」
エリックを振り返ったクリスも、その事に気付いたのか顔を赤らめる。
昨日はぎゅうと抱きついていたが、あれはあれ、という事らしい。
お互い年齢の割に初々し過ぎる気もするが、こんなご時世である。仕方ないのだろう。
『……あはは…』
お互い、照れ笑いを浮かべながらも、手を離そうとはしない。
「このまま、行くか?」
「………うん!」
満面の笑顔を浮かべたクリスの手を握り、エリックは歩き出した。
並んで歩く彼等の足取りは、軽い。
この先何が二人を待っているかは、まだ判らない。
あまり平坦な道が続くとも思えない。
だが二人の表情には、不安からくる翳りなど一切無かった。
あるのは希望がこもった笑顔のみ。
そんな彼等の希望を象徴するかのように、空にはさんさんと輝く太陽と、何処までも青い青空が広がっていたのだった。