『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第二部』-11
「ただ気を失ってるだけだね。すぐに目を覚ますよ。」
エリックに担がれて運ばれてきたアルファを見た軍医は、アルファを軽く調べて診断を下すと、待機室へと戻っていった。
「ふぃ〜〜〜〜……」
思わずエリックは安堵のため息をつく。
アリシアも多少安心したのか、アルファの眠るベッドの横にある丸椅子に腰を下ろした。
「…本当に、ありがとうございました。」
アリシアが、深々と頭を下げる。その様子は、まるでアルファの保護者のようだ。
まぁ、事実そんな所なのだろうが。
「……しかし、随分とアルファに入れ込んでるんだな?」
わざと下世話な感じに聞いてみる。
いつも無表情なアリシアの、表情が見て見たかったのだ。
「……私はアルファの補佐役ですから…」
それでも、アリシアの無表情は崩れない。
「それにしては、親身になりすぎだと思うけどな?」
なんとなく悔しいので、エリックは追撃に入る。
「…それは……補佐役たるもの、常に傍に控えて居なければいけませんから。」
やはり表情は表れない。エリックはなんとなく苛立ってしまう。
「にしても抱きしめるまではやらないだろ普通?それとも、誰にでもやってる事なのか?」
半ばむきになって更に追撃するエリックの言葉を受け、アリシアは目を伏せた。
さすがにこういう物言いをされて黙っては居られないらしい。
「……………知っているんです…」
「……え?」
一瞬言葉の意味を測りかねたエリックは、思わず聞き返してしまう。
「……彼の過去を…私は知っているんです。」
淡々と、静かにアリシアが言葉を紡ぐ。やはり表情は表れない。
ただ、アリシアは寝ているアルファの額を、さらりと撫でた。
「…知っていて、私は彼に真実を知らせません。知れば彼は去っていくでしょう。」
やはり淡々としたアリシアの言葉に、エリックは自分の行動を心底恨めしく思う。
「私は罪を背負っています。だから…これは私の償いであり、…我が侭です。」
それを境に、二人の間には沈黙が降りる。聞こえてくるのは、アルファの安らかな寝息だけだ。
「……聞きますか?」
不意に、アリシアが訊ねてきた。
なんとなく、聞いて欲しそうな気がした。先程の言葉といい、アリシアは懺悔をしたいのかも知れない。
しかし、エリックは聞きたく無かった。
興味本位で聞いてはいけない事の気がした。自分に何かを背負わされそうで、怖かった。
そしてそれよりも。何かが変わってしまうかも知れない事が、怖かった。
「…いや…………悪かったな………」
「いえ……」
沈黙。
「そ、それじゃ、俺は訓練あるから……」
エリックはそのまま、医務室を出て行く。正直、もう此処に居るのは限界だった。
「………世の中色々だな……」
屋上に寝転び、誰にともなくエリックは言った。
今。訓練する気も起きず、エリックはこうして屋上に寝転がってただ空を見ている。
戦闘が終わったのが正午少し前だったが、いつの間にか日が西の空に落ちかけている。
最近日も短くなったとはいえ、随分時間が早く感じた。
「ふぁあ…………」
欠伸をすると、茜色に染まった空を見上げる。なんだか、少ししみじみとした。
この数日間で、心が感動を取り戻してきているのかも知れない。何しろ、色々あった。
「ま、良い事…だよな……」
一言呟いて自分を納得させると、エリックは一寝入りしようと瞼を閉じる。
「あ、こんな所に居た。」
……エリックの耳に懐かしい声が聞こえて来たのは、その時だった。