『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』-7
「……ここの現地人じゃない……よな……」
「馬鹿じゃないの?こんな所に人なんか住める訳無いでしょ。あんたと一緒に落ちてきた機体のパイロットよ。」
完全に闇に慣れたエリックの目は、亜麻色のショートヘアに整った顔立ちをし、ジュマリアのパイロットスーツを着た女性が、腰に手を当てて立っているのを見た。
その背後には、落ちる前に見た白銀のワーカー。
「やっぱり敵国のパイロットだったのか!」
身構えるエリックに、クリスは冷たい目を向けたまま微動だにしない。
「今更気付いたの?安心しなさいよ、別に戦う意思は無いわ。」
それでも警戒を解かないエリックに対して、クリスは大きくため息をつく。
「ふぅ……それじゃ、これで少しは安心?」
言ってクリスはホルスターから銃を抜き、エリックに差し出す。
エリックは差し出された銃を奪うように取ると、クリスに向けて構える。
「何を企んでる……?」
「意味の無い事ね。今の状況であたしを殺したら、あんたここから出られないわよ。」
クリスはそれだけ言うと腕を組んで、エリックをじっと見据える。
エリックはその目に気圧され、あとずさる。
銃口を向けているのは彼なのに、クリスの方が優勢に見える。
「なめるな!俺とお前は敵同士なんだぞ!お前達のせいで俺の仲間は!」
「仕方ないでしょ戦争なんだから!あたし達だって好きで人殺しなんて…!」
怒鳴って後半は言葉にならずに、エリックを睨む。
睨み合う事暫し。クリスの頬に、涙が伝っている。
……エリックは、改めて見たクリスの顔に目を奪われた。
濡れた瞳にはなお強い意思を秘め、きゅっと結ばれた唇には凛とした気高い雰囲気がある。
それは、今まで見た事がないような、強く美しい表情。
怒りの炎が一気に沈静化するのを、エリックは実感していた。
そして頭の冷えたエリックは、妙に気まずい気分になってしまう。
「……悪かったな…」
やや視線を逸らし、謝る。
するとクリスは顔を紅潮させ、軽く頬を膨らませた。
「謝んないでよ………そ、それより!あんたもここから出たいでしょ。なら、あたしに協力してよね。」
照れ隠しのようにまくしたてると、クリスはエリックに背を向けてすたすたと歩き出す。
その様子にエリックは軽く頭を掻いて、ため息をついた。
「……涙は反則だよなぁ……」
自分が感じた事を誤魔化しつつ、エリックは銃をしまってクリスに続いた。
「まず考えられるのは、上に開いてる穴からの脱出ね。救助を待つ事も出来るけど、いつまでかかるか分かったもんじゃないわ。あたしは指揮系統が違うから……」
「まぁ、俺としても同じ考えだ。ジュマリアに捕まるのはごめんだからな。……でも、どうやって抜けるんだ?」
白銀のワーカーの前まで歩いてきた二人は、脱出方法について話し合っていた。
「……この地下に、何があるのかによりけり……よね…」
クリスはう〜んと唸ると、上の穴を見上げる。
「……ちょっと待ってくれ、探索するにしても俺の機体は故障中だぞ?生身で脱出できるかも分からない。」
「ああ、それなら大丈夫。あたしが直してあげるわよ。多分衝撃で動かなくなってるだけで、たいした故障でもないでしょうし。」
本当にたいした事でもなさそうに言うクリスに、エリックは驚きを隠せない。
「お前、整備もできるのか?いやそれ以前にこれはナビア製だぞ?」
「うるさいわねぇ…これでもあたしは一級整備士免許持ってるのよ。それにその機体、随分前の、ペール?でしょ?構造はジュマリアで解明し尽くされてるわよ。あたしだったらレスポンスはそのままで、性能を以前の倍まで上げられるわ。もっとも、設備と時間があればだけど。」
面倒そうなクリスの言葉に、エリックは衝撃を受けていた。
ナビアとジュマリアの技術レベルの違いを、垣間見てしまったような気がしたのだ。
「それじゃ作業にとりかかるから、あんたは近くを調べてて。そうそう、JE5821K8があたしの回線だから。ほら、行って。どの道ワーカーじゃ建物に入れないでしょ。」
クリスはエリックの様子に構いもせずに、作業へと入る。
なんだか使われている気もしたが、言い合いでもなんでも、勝てる気がしない。
とりあえずクリスは敵ではない。エリックにとってはそれで十分だった。