「遠い隔たりと信じられない近さ」-9
午後の授業。黒板に書かれた幾つもの数式を、少女は呆けた顔で眺めていた。
(あれって、誰が…)
昨夜、偶然見つけた紙片。何処の誰がいつ挟んだのか。
(それに、あの文字…)
内容はもちろんだが、綴られた文字は、筆圧が低く歪んでいた。
(お母さんが貰って来た本だから…)
さらに考えを巡らせようとした時、目の前に立つ人影に気づいた。
「何をボケっとしてんだ?」
安西が睨んでいた。
「いえ、あの…」
なんとか上手く取り繕うと考えを巡らせるが、咄嗟のことで何も思いつかない。
そうしてるうちに、安西は哀しげな眼になった。
「オレの授業はそんなに退屈か?」
何気ない一言。だが、少女を追いつめるには充分だった。
少女は突然、俯いたかと思うと、ぽろぽろと大粒の涙を流しだした。
当然、安西は焦る。
「お、おい!何も泣くことないだろう」
ただ、おろおろとする安西と、声も出さずに泣いている少女。
偶然をきっかけにして起きた、奇妙なコントラスト。
クラスメイト逹は不思議な物でも見たように、唖然としていた。
「ほら、飲め」
少女の前に熱い缶コーヒーが置かれた。
「ありがとうございます…」
放課後。いつもの進路指導室に2人はいた。
「少しは温ったまるぞ」
安西が先に飲みだし、しばらくして少女も続いた。
コーヒーの温かさに触れて、固かった表情が少し緩んだ。
授業中、突然泣き出した少女を安西が必死にフォローしたが、結局、授業が終了しても泣き止むことはなかった。
なんとか、理由を訊くため少女を進路指導室に連れ出したが、泣き止みそうもないので、仕方なく温かい飲み物でなだめようとした次第だ。
「落ち着いたか?」
安西が恐る々訊いた。
「すいません…でした」
「突然どうしたんだ?まあ、オレも言い方がまずかったが」
少女は俯き答える。
「なんでもないんです」
いつものように受け流そう、そう思った途端、また涙が溢れだした。
「な、なんだよ!また」
再び焦る安西。
これ以上ごまかしきれない。少女は心に溜まったわだかまりを、すべて曝し出そうと決意した。