「遠い隔たりと信じられない近さ」-8
(ぼくは、要ちゃいけない子なんだ…)
そう思った途端、締めつけるような苦しさが喉から胸元へと広がった。
堪えきれずに、涙が頬をつたい落ちていく。
孤独さを感じた、初めての出来事だった。
いがみ合いはすぐに終わった。再び病室に現れたのは、母親だけだった。
「ごめんね…」
母親は泣いていた。
「お父さんは?」
少年は涙が気づかれぬ様、頭まで毛布を被っている。
「先に帰るって」
「そう…」
「あのね…」
「なに?」
母親は涙を拭った。
「お父さんのこと許してあげてね。し、仕事のストレスとかで、つい思いもしないことを云っちゃったのよ」
苦しい言い訳。少年にも分かるほどに。だが、そんなことはどうでもいいことだ。
「わかってる」
要は此処を早く出ていくだけ。それが家族の、しいては自分のためだと少年は気づいた。
「ありがとう、わかってくれて」
母親は「また来るから」という言葉を残して、病室を後にした。
すると、入れ替わるように看護婦の矢野が入って来た。
「だいぶ騒がしかったみたいだけど、大丈夫?」
その心配ぶりが、少年には不思議に思えた。
「ぼくも、よくわかんない」
「そう。それならいいけど…」
ごまかしているのは、矢野にも解る。が、いくら担当してる患者とはいえ、これ以上詮索すべきでない。
(必要なら、自分から話してくれるだろう)
矢野は「じゃあまた」と告げて病室を去ろうとした。すると、少年が呼び止めた。
「紙と鉛筆持ってる?」
要求に、クエスチョンマークが浮かぶ。
「なあに?手紙でも書くの」
「まあ…そんなところ」
矢野の顔がパアッとほころんだ。
「分かったわ!後で持ってきてあげる」
その日の夜、少年は痩せた手に鉛筆を持ち、震えながら手紙を書いた。
『ぼくと、友だちになって下さい』と。