「遠い隔たりと信じられない近さ」-7
「窓、開けないで」
「えっ?」
「外を感じたくないんだ」
意味が解らない。少年が見せた、初めての態度だ。
「なぜ?毎年、あんなに急かしてたのに」
「もう必要ないんだ…」
少年はそれ以上何も云わず、頭まで毛布を被ってしまった。
その日の午後。いつものように母親が少年を訪ねてきた。
「ほら、お父さんが来たくれたわよ」
父親が此処を訪れるのは、7ヶ月ぶりになる。
母親は、ずいぶん前から繰り返し催促していたようだが、仕事を主と考える父親は、なにかに理由をつけて少年に会いたがらなかった。
しかし、その理由も連休日には使えなかったようだ。
「ほら、何か云ってあげて」
母親は男親らしい労りを期待した。父親は、椅子に腰掛けて少年の顔を覗き込む。
「身体の方はどうだ?」
言葉とは裏腹の、醒めた眼をしていた。
「わからない。先生に訊いてよ」
返す言葉が、ささくれる。父親が、自分のことを疎んじてるのを少年は分かっていた。
「自分の身体のことだぞ?分かるだろう」
「そんなの知ってどうすんの?本当はどうでもいいくせに」
少年の口答えに、父親は口元をわずかに歪ませた。
「なんで、おまえだけ病気持ちなのかなあ?」
「ち、ちょっと、お父さん!」
慌てて制止しようとする母親を、父親は振り払う。
「上のお姉ちゃん逹2人は元気なのに、なんでおまえだけ病気だ?」
「いい加減にしてよ!」
「おまえのおかげで、毎月幾らかかってると思ってんだ!」
罵り続ける父親を、母親はなんとか病室の外へと連れ出した。
少年の耳に、いがみ合う両親の声が聞こえた。
「相手は病気の子供なのよ!」
「子供はあいつだけじゃない!こっちは買いたい物もがまんして入院費を払ってんのに、なんだあの言いぐさは!」
「わたしも働いてるじゃない。いくら苦しいからって、あの子にあたるのはやめてよ」
「あの眼見たか!父親のオレをバカにしやがって。あんなのは、オレの子供じゃない!」
かつて愛し合った2人。
しかし、今は、その面影もなくなってしまった。
それだけでない。家族が苦しい生活を強いられなければならない元凶が、自分だという事実を少年は初めて知った。