「遠い隔たりと信じられない近さ」-6
片岡は、まだがまんできる。
安西も嫌な相手だとは思っていない。むしろ、夢を実現させた先輩として素晴らしいとさえ思う。
しかし、その先輩としてやるべきことを繰り返し聞かされてるうちに、至らぬ自分の存在を否定されてるように思えて、堪らなくなるのだ。
「…今日はこのへんにしとこう」
少女は手を止めた。表情から厳しさも消えた。
今夜はいつもより集中できたのか、少し余裕らしきものを感じていた。
「さてと」
少女は昨夜と同じように、部屋を抜け出して本棚へと向かった。
今夜は端に本を楽しみたい気分なのだろう、嬉しそうだ。
「あれ?」
本棚に近づいたところで、異変に気づいた。昨日までなかった本が、片隅に平積みにされていたのだ。
(また増えてる…)
少女が此処に来た頃は、まだ本棚の下2段にしか収まってなかった。
それから徐々に空きの段に本が埋まっていき、とうとう本棚に収まらないほどに増えてしまった。
片岡は、今後のスペース確保に苦慮しそうだが、子供逹は逆に楽しみが増えたと喜ぶはずだ。
少女はしゃがみ込み、平積みの中から一冊を手に取った。
「これ…」
白いクジラが描かれた表装。初めて見る作品だが、妙に気になった。
さっそく部屋で読もうと廊下を歩きかけた時、足元に白い何かが落ちた。
「えっ?」
恐る々ひろい上げたのは、小さな紙きれだった。
(何か、書かれている)
目を凝らして確かめようとするが、薄明かりの下でよく解らない。仕方なく部屋に戻り、机の電気スタンドに照らした。
そこには、たった1文が綴られていた。
『ぼくと、ともだちになって下さい』と。
診療所は、初夏を迎えた。
清浄な空気が治療薬ともいえる少年にとって、もっとも好きな時期がやってきた。
暖かな日射しはもちろんだが、開け放たれた窓からもたらされる鳥の声や植物の匂いは、外を想像させてくれる。
「おはよう」
回診を終えた時刻。若い看護婦が、小走りで病室に入ってきた。
「おはようございます、矢野さん」
名を矢野君枝といい、入院当初から少年の世話を任されている。
「今日は日射しも暖かいから、窓開けようね」
矢野は、少年が喜ぶと思っていた。が、少年は窓に背を向けて意外な言葉を口にした。