「遠い隔たりと信じられない近さ」-45
「最初は、好きな人がいるみたいだから諦めたんですけど、それが自分だと解ったんで、思い切って言っちゃいました!」
嬉しそうなアイコを見て、安西はようやく口を開く。
「そんなの、だめに決まってるじゃないか!」
「何故ですか?」
強い口調で否定されても、アイコはひるまない。
「何故って、オレはおまえの担任だぞ」
「それも後数日でしょ。ついでに言えば、来月には関係ないですし」
からかうような口調に、逆に、安西の方がエキサイトしだした。
「だからって、高校生と付き合えるか!」
「じゃあ、5年待ちます?そうすれば、わたしが20歳で先生が30歳でしょ。
15年も待ったんですから、あと5年くらい待てるでしょ」
子供を諭すような口調。これでは、どちらが大人か分からない。
「しかし、おまえも変わったなあ。ちょっと前まで、大人しかったのに…」
「アキくんが教えてくれたんです。先生との付き合い方を」
途端に安西が苦笑いになる。
「それより先生。いつ名字を安西に?前は河島でしたよね」
「退院からしばらくして、両親が離婚してな。オレは母親に引き取られたんだ」
疑問のひとつは解った。が、最も悩んだやつが残っている。
「それと転入した後、何故しばらく手紙をくれなかったんです?」
「ああ、あれな…」
バツの悪そうな表情。
「…その、いきなり退院を知らせて驚かせてやろうと思って」
「そんなことのために知らんぷりしたの!
わたし、ずっと心配したのよ」
「す、すまん…」
アイコの凄まじい剣幕に、立場も逆転した。
「もう、辞めようと思ったんだから!」
「そう怒るなよ、悪かったから」
端から見れば、痴話げんかにさえ見える。
その時、安西がふと、難しい顔になった。
「しかし…話が矛盾してるぞ」
「なにが?」
アイコは、何事かと訊ねる。
「おまえに教えた、受験勉強さ。あれは、手紙でやり取りしてる中で、おまえから教えられた方法なんだ」
「それの、どこが変なの?」
「だって、10歳のオレが受け取った手紙の内容を、15年後のオレがアレンジしておまえに教えた。
そして、またおまえがオレに教えて……こりゃパラドックスそのものだ!」
1人、数学教師らしく問題点に思考を巡らす安西に、アイコは目隠しをした。
「な、何をするんだ!」
「そうやって、目に映る物しか信じないからだめなのよ!」
安西は、手を払いのけてアイコを見た。
「だから、最初に言ったでしょう。“神様からの贈り物”だって」
そう言うと、白い歯を見せて笑った。
「遠い隔たりと信じられない近さ」完