「遠い隔たりと信じられない近さ」-44
アイコは、送迎車用ベンチに腰かけた。傍らには、白いクジラの表装の本を置いて。
約束の時間になった。が、誰も現れない。それから5分、10分と過ぎても、何の変化もなかった。
(どうしたの…)
焦燥する気持ちの中で、アイコは待ち続ける。しかし、30分を過ぎたあたりで、
「やっぱり、だめだったのか」
諦めのため息を吐いた。
重い足取りで帰路につこうとした時、バタバタと近づく足音が背後から聞こえた。
アイコは振り返る。その目に映ったのは、思いがけない人だった。
「せ、先生!」
現れたのは、担任の安西だった。
アイコは唖然となった。が、安西の方はそれ以上に驚きを隠せない。
「な、な、なんでおまえが此処に!?」
「先生こそ!?」
「オ、オレは…その」
安西の顔が赤らんだ。
その瞬間、アイコはすべてを悟った。
「先生、もしかして、わたしと同じ境遇の知り合いと、此処で待ち合わせしたんじゃ?」
「な、なんでそれを…」
アイコは手にした本を、安西に向かって突き出した。
「おまえ…なんで…」
本を見つめる目が泳いでいる。
「目印になる物を、持って来るように書いてあったでしょ?」
安西が、ポケットから何やら取り出した。小さなメモ用紙。
それを見たアイコも、ポケットから取り出した。小さな紙片を。
「わたしが2ヶ月ほど前、最初に受け取った手紙です」
忘れもしない。誰かに救いを求めた、初めての手紙だった。
「さっき、これが届いたんだ…」
「それは、わたしが昨日書いた物です」
「そんなバカな!」
狼狽える安西。
アイコは優しく説いた。
「10歳のアキくんとわたしは、この本を通じて、お互いを励まし合ったんです」
「…高校の合格を知らされた後、手紙は来なくなった。
オレは、退院するとすぐに彼女がいたという施設を探したんだ。
でも、そこにはアイコなんて子はいなかった…」
安西がアイコを見た。
「いるはずないよな。まだ、施設にいなかったんだから…」
哀しげな顔だった。
「それでも、先生は15年も想い続けてたんですね?」
「これを受け取った時、今度こそ会えると思ったんだ」
「それが、わたしじゃだめなんですか?」
「えっ?」
何を言うんだ、と安西。一方アイコは、満面の笑みだ。
「アキくんは、わたしを好きなまま今に至るんでしょう?
わたしもね、アキくんも先生も好きなんです」
突然の告白に安西は、反応できない。