「遠い隔たりと信じられない近さ」-40
高校受験を終えた翌日から、アイコ逹3年生は、卒業に向けた準備作業が本格化してきた。
式のリハーサルはもちろんだが、各クラスでの文集作りや記念品作製など、限られた日数でやり遂げねばならないので、皆が忙しい。
とても、しがらみからの解放感を味わう余裕などない。
「こんな少ない字数でまとめろったって…」
アイコは今、部屋で文集用の原稿とにらめっこしていた。
当然、期日に間に合いそうになければ、持ち帰ってやるしかない。
「まだ記念品も手つかずなのに…」
ただ、思いがけない忙しさのおかげで、晶のことで落ち込む余裕もなかった。
それから、瞬く間に日々は過ぎて、合格発表の日を迎えた。 アイコは引率の安西に連れられ、片岡と一緒に来ていた。
高校の正面玄関横には、大きな掲示板が数基。その前には、受験生や親を含めて千人あまりの人間が、発表を今や遅しと待ちかねていた。
「アイコ、番号表は?」
「ここよ」
アイコはポケットを指さす。 それを見て片岡は、不安顔になる。
「なくさないでよ」
「大丈夫。番号覚えてる」
片岡は、どうにも落ち着かない自分が嫌になる。待たされることが、これほど苦痛に感じることが初めてだ。
対してアイコは落ち着いていた。じっと掲示板を見つめる様は、飄々としている。
「あなた、怖くないの?」
問いかけにアイコは、自分の手を片岡の手に重ねた。
「…すごく怖いわ」
アイコの手は震えていた。
「胸はドキドキするし、さっきから吐き気もするの」
自分の運命が決まるのだ、冷静でいられるはずもないだろう。
「大丈夫。アイコは来月から此処に通うんだから」
片岡はアイコの手を握った。
その時だ。掲示板付近の人逹から、ざわめきが挙がった。
玄関扉が開き、合格表を持った職員数名が現れたのだ。
「いよいよね…」
重みのある片岡の声。アイコは無言で頷いた。
合格表が貼り出された。受験者逹が一斉に、その前に群がっていく。
「行ってくるね」
アイコは片岡のもとを離れた。