「遠い隔たりと信じられない近さ」-4
「ただいま」
「大きいお姉ちゃん、おかえりなさい!」
夕暮れ。少女が学校から帰って来ると、“妹や弟”である子供逹が出迎える。
子供逹は、少女の周りを取り囲んで、
「遊ぼう」と、庭に連れ出そうとする者や、「ご本読んで」などと、思い々の願いをぶつけだした。
「沙織ちゃん」
少女は、子供逹の中から、自分より少し年下の沙織という女の子を呼び寄せた。
「お姉ちゃん、今からお手伝いがあるの。ご本は、この小さいお姉ちゃんに読んでもらって」
少女は子供逹を残して部屋に戻ると、部屋着に着替えて台所に向かった。
「遅くなりました」
台所では、エプロンを身につけた女性4人が、立ち上る湯気の中で忙しく動き回っていた。
2台ある流しの一方には、まだ下準備されていない肉や野菜があった。
野菜を洗おうとする少女に、「まって!」と声がかかった。
「あなたはいいのよ。夕食まで、勉強してらっしゃい」
そう言ったのは、園長の片岡文恵だ。
少女の心の中が、ズキンと締めつけられる。
「お母さん、大丈夫だから」
「だめよ。あなたは受験があるんだから」
「本当に大丈夫。夜、やってるから」
少女はそう言って、下準備に取りかかった。
夜10時。子供逹を寝かしつけて、少女の勉強時間を迎えた。
しかし、また意欲が湧いてこない。
(しかたない…)
少女は机を離れ、そっと部屋を出た。彼女達の部屋は1番奥で、玄関までの短い廊下が続いている。
玄関手前には、職員室と書かれたプレートのかかる部屋があり、その扉の前のわずかなスペースに本棚が備え付けられていた。
どこから貰い受けた物かは分からないが、幼児が読む絵本から百科辞典まで、本がびっしりと並らんでいた。
少女はその中から1冊、児童向けの絵本を手に取った。
(今日はこれにしよう)
部屋に戻ると、さっそく机の上に置いて本を開いた。少女の瞳が輝きだした。
最初は、子供逹に絵本を読み聞かせるだけだった。
ところが、読んでるうちに自分も好きになり、今では落ち込んだ時の気分を変えてくれる、唯一の物だった。
少女は思った。一時でもいい。今を忘れさせてくれる物なら、絵空事でもかまわないと。