「遠い隔たりと信じられない近さ」-39
夕方。受験を終えたアイコが、施設に帰ってきた。
「ただいま〜」
「あっ!大っきい姉ちゃん」
庭で遊んでいた子供逹が、最初に出迎えた。
「しけん、大変だった?」
そう訊ねたのは、1番下の妹だ。アイコはしゃがみ込んで、視線を合わせる。
「大変だった。でも、頑張ったよ」
解放された喜びで自然と笑顔が出た。
「そろそろ寒いから、お家に入ろう」
そう言うと、子供逹と一緒に玄関をくぐった。
「ちゃんと手洗い、うがいするんだよ!」
子供逹が洗面所へと消えた後、アイコは職員室の扉を開けた。
「ただいま戻りました」
中には、片岡他、職員全員が待っていた。
「おかえりなさい!どうだった?」
片岡が開口一番そう言うと、周りの職員から、クスクスと笑いが起こった。
「園長ったら、心配で堪らなかったみたいよ」
「そーそー!此処にいても、うろうろして落ち着かなくてさ」
「計算は間違うし、味付け失敗しちゃうし」
次々と出た暴露話に、片岡の頬が赤くなる。
「そんな…目ざとく見ないでよ」
その途端、笑い声が一斉に広かった。当然、アイコも輪の中だ。
意外ともいえるおちゃめな一面に、こみ上げる笑いを堪えきれなかった。
「アイコ、あんたまで笑うの?」
「アハハッ!…ごめんなさい。でも、試験は精一杯やったよ」
「そう。そりゃ良かった…」
アイコには、安堵した片岡の表情が印象的だった。
夜。子供逹が寝静まった頃、アイコは手紙を書いた。
『アキちゃん。
リハビリ、頑張ってますか?わたしは今日、高校受験でした。
自分なりには頑張ったつもり。結果は10日後だから、今は待つだけです。
結果がわかったら、すぐに知らせるね。
アキちゃん。返事待ってます』
書いたメモ用紙を、図書カード入れに収める顔が辛そうだ。
「これでだめなら…次で諦めよう」
アイコの中で、今までの出来事がフラッシュバックする。
平積みになった本の中にあった、小さな紙片に綴られた一文をきっかけに、友だちになったこと。
互いの今を話し、夢である未来を語り合い、過去を晒して心を寄せ合った。
アイコにとっては、片岡や安西以上に、心の支えとなっていた。
その関係に、ピリオドを打つ覚悟をしたのだ。
「何か…言ってきてよ…」
アイコは、その日を境に手紙を出さなくなった。