「遠い隔たりと信じられない近さ」-36
あの日を境に、2人のやり取りは1日1回になった。
最初は、アイコも晶も、その日の出来事を細部に渡って書いていた。
互いが自分のことだけを書けば、相手への感想はおざなりになってしまう。
しばらくすると、あれほど仲が良かった関係が、徐々にギクシャクしてきた。
“アイちゃん、アキくん”だった呼び方が、いつしか“アイコさん、晶くん”になってしまった。
そうしたある日の夜。
勉強を終えて本を広げると、いつものように晶の手紙が入っていた。
「はあ…」
手紙を目にして、アイコはため息を吐いた。
事務的なやり取りとなってしまった今、正直、心が萎える。
(でも、こうなったのも、わたしが原因だし…それに、受験が終わればまた元のように)
アイコは手紙を広げた。
綴られた文章は、昨日までと違った。
『アイちゃん。
ぼく、いよいよ明日、この診療所を退院します。それで、アイちゃんに言っときたいことがあるんだ』
「何よ、これ…」
そろそろ、診療所を退院するのは知っている。でも、言っときたいこととは何だろうか。
アイコは、予定を変えて返事を書くことにした。
『アキくん。
退院おめでとう。いよいよ、夢への第1歩だね。リハビリ頑張って!
それと、言っときたいことってなあに?』
『ぼくが、〇〇診療所に入院したのは5歳の頃なんだ。
その前は覚えてないけど、大きな病院だったってお母さんが言ってた。
最初は、ぼくは意識がなくて、たくさんの機械のある部屋で寝かされてたんだ』
『それって、命にかかわる病気だったの?』
『知らないけど、お母さんの話じゃ、1週間は意識がなかったって。
毎日々、お母さんやおばさんがぼくのところに来てたって』
アイコには解らなかった。晶が何故、この話を自分にするのかが。
『それで?』
『ようやく目を覚ました時、お母さんやおばさん、それにおじさんが、ぼくを見ていたんだ。とっても優しい顔してさ』
『へえ、良かったね』
『でも、お父さんもお姉ちゃんも来てくれなかった』
『アキくん…』