「遠い隔たりと信じられない近さ」-35
アイコが帰り着いたのは、夕方4時過ぎだった。
「おかえり。遅くまで頑張ってたわね」
出迎えた片岡に、アイコは作り笑いで答えた。
「お手伝いの時間だから、急いで帰ってきたの」
「それだったら、心配いらないわよ」
「えっ?」
含み笑いを見せる片岡。もちろん、アイコは意味が解らない。
「今日からね。沙織と翔太が手伝ってくれるの」
「ええっ!」
沙織と翔太は、共に4月から中学生になる。
「沙織は、アイコが夜中まで頑張ってるのを時々見てたそうよ。
それで、“自分逹が手伝うからお姉ちゃんを休ませて”って言ってきたの」
「あの2人が…」
「まあ、翔太は沙織が言ったんでしょ。仲いいから。
今、お風呂掃除やってるわよ」
思わぬサプライズに、アイコは感情の抑えが効かなくなる。
「これじゃ…負けられないね」
「あなたは、受験に専念なさい。そして夢を叶えて」
人に支えられて自分は生かされている。
アイコは心の底から、そう感じていた。
深夜。勉強を終えアイコは、机の前で考えていた。
(…昼間は、このままごまかすのが嫌で返事をやめたけど)
長い歳月を飛び越えて繋がっているのは、矢野さんのおかげで知り得た。
でも、これはあくまで自分サイドの話であり、晶くんには関係ない。
彼は今も10歳のままだから。
だったら、このままの関係をしばらくは続けよう。いずれ晶くんが、普通の生活をおくれるようになれば、無くなるだろうから。
アイコは、返事を書き始めた。
『今日は図書館で勉強だったの。さすがに疲れちゃった』
『アイちゃん大変なんだ。もうすぐ受験だからね』
『そうね。それで相談なんだけど、受験日まで1日1回にしてくれないかな?』
『しょうがないね。アイちゃんの夢だからね』
『アキくん、ありがとう。その代わり、なるべく長い文にするね』
『わかった。じゃあ、おやすみ』
『おやすみなさい』
アイコは本を閉じた。
罪悪感が湧いてきた。が、後悔はなかった。