「遠い隔たりと信じられない近さ」-34
「あなた、いつ晶くんと知り合ったの?」
アイコは躊躇う。本当のことを言うべきかと。
「その…ひと月ちょっと前です」
「それで、何故ここに?」
ただ、このまま話を進めれば、いずれ言わねばならない。
「晶くんとは、手紙のやり取りで知り合いました。
その手紙の中じゃ、晶くんはまだ此処に入院してるんです」
「なんですって!」
矢野の足が止まった。
「そんなわけ、あるはずないわ!彼がいたのは15年も前なのよ」
ヒステリックな声が廊下に響いた。
アイコは、リュックから手紙を取り出して矢野に見せた。
「これ、最近きた手紙です」
矢野の目が大きく見開く。信じられないといった様子だ。
「信じられないでしょ?でも本当なんです。手紙の向こうには、10歳の晶くんがいるんです」
まっすぐな目で語る姿が、真実を訴える。
「そういえば、いつの頃からか手紙を書いてたわ…」
徐々に甦る記憶の中で、矢野は決定的なキーワードを思い出した。
「…それで…ある朝言ってたわ。“アイコって知ってる”って」
「それ、わたしの名前です」
「ええっ!」
疑いようもない。アイコは、15年前の晶と友だちになっていたのだ。
「すいません。乗せてもらって」
「いいのよ。ちょうど用事があったから」
帰路。アイコは矢野のクルマの助手席にいた。
お礼を言って帰ろうとしていると、「駅まで送るわよ」と乗せてくれたのだ。
「よく、この中を歩いて来たわね」
元来た道を走りながら、矢野が感心する。
「晶くんのお母さんも、この道を歩いてたんですよね?」
「そうだったわ。たくさん荷物を持って来てたわね」
結局、来た時は40分以上かかった道を、半分ほどの時間で駅に着いた。
「本当に、ありがとうございました!」
「こっちこそ、不思議な話をありがとう」
アイコは、クルマを降りながら最後に訊いた。
「ところで、晶くんの名字って何ですか?」
矢野は、記憶の糸をたぐり寄せる。
「確か…河島だったわ」
「河島晶くんですね。ありがとうございました」
アイコは、もう1度お礼を言ってクルマを降りた。
小さくなっていく後ろ姿を、矢野はしばらく見つめていた。