「遠い隔たりと信じられない近さ」-33
「申し訳ありませんが、個人情報となりますので、お教え出来ません」
「そんな!わたし、3時間もかけて来たんですよ」
「いくら仰有っても、無理です。お引き取り下さい」
アイコは何度も食い下がるが、取りつく島もなかった。
しかし、そのやり取りを、見ている者がいた。
「あ〜あ…」
アイコは、とぼとぼと出口へ引き返す。肩を落して歩く様は、かなりの落胆ぶりを表していた。
「ちょっと待ちなさい!」
出口間際で誰かが声をかけた。アイコが振り返ると、水色の制服を着た看護師が立っていた。
「あなた、さっき受付で晶くんって言ってたわね?」
目の前に現れた看護師は、周りに見える看護師よりも明らかに年輩だった。
(この人、ひょっとしたら)
アイコは、思いをぶつけてみた。
「もしかして、晶くんの担当だった矢野さんですか?」
看護師の目が狼狽えた。
「あなたは誰?何故、わたしの旧姓を知ってるの」
(やっと見つけた)
アイコは興奮を覚える。ついに、晶と関わりのあった人と出会えたのだ。
「名前はアキ…晶くんに教えてもらいました。
それより教えて下さい。晶くんは、いつ診療所を退院したんですか?」
矢野は戸惑った。見るからに中学生の女の子が、診療所の頃の話を聞きたがるのを鵜呑みには出来ない。
確かめる必要性を感じた。
「15分待ってくれる。そうしたら昼休憩だから、話せるわ」
矢野はそう言って、アイコの前を去っていった。
(ここまで来たら、最後まで聞かなきゃ帰れない)
アイコは、待合室で時間をつぶすことにした。
小さな待合室には、数名の患者しかいなかった。アイコは、少し離れた場所に腰かけた。
(そうだ。返事書かなきゃ)
この間を無駄にしたくない思いで、メモ用紙と鉛筆を手にする。
(今、市立図書館に…)
鉛筆を走らせた途端、アイコの手が止まった。
(こんな嘘書いても…)
今、やってることを思うと、うしろめたかった。
そうしているうちに、矢野がやって来た。
「ごめんなさい、待たせちゃって」
「わたしこそ、すいません」
「じゃあ、行きましょう」
矢野はアイコを連れて、病院の奥へと向かった。