「遠い隔たりと信じられない近さ」-30
「大人しくて甘えん坊だったアイコが、こんなになるなんてねえ…」
「わたしの力じゃない。先生や友だち、ここのみんなのおかげよ」
「口も一人前になっちゃって」
「なによ!もーっ」
2人が笑いながら職員室を出ようとした時、
「あ、そういえば」
片岡が、何かを思い出した。
「アイコ。あんたが気にしてた本のことなんだけど」
「思い出したの?」
「ええ。あの本、〇〇町の図書館からもらったのよ」
〇〇町ならアイコも知ってる。確か自治会館の横に併設されていた。
(でも、あそこって…)
「あの図書館って、ずいぶん前に閉館したんじゃ?」
「そうよ。5年前に閉館したんだけど、学校や他の図書館に譲っ本以外は、そのままになってたの。
でも、その図書館が建て壊すことになって、うちのような施設に回ってきたのよ」
知らされた事実にアイコは、頭の中が真っ白になった。
(どういうこと…あの子が借りている図書館は、閉館してすでに5年って?)
手紙のやり取り自体、まともじゃないけど、そういう物なんだと信じ込んだ。
でも今度は違う。あまりにも話が繋がらない。
「ちょっと!大丈夫?」
アイコの耳に、片岡の声が飛び込んできた。
「顔が蒼いじゃない!」
深刻な顔に、心配したのだろう。
「大丈夫…ちょっと、湯冷めしたのかな」
「大事にしなきゃ、大切な時なんだから」
「ほら、さっさと部屋で休みなさい」
片岡の厳しい声に従い、アイコは部屋に戻っていった。
だが、眠ろうとはしなかった。
机の隅に置いた白いくじらの表装。図書カード入れには、いつものように、晶からの手紙が。
『アイちゃん、転入する病院が分かったよ。〇〇病院だって。
今度は、ぼくの家から近いって矢野さんが言ってたよ』
(〇〇病院って、此処からも近いけど…)
〇〇病院は3年前に建て替わり、〇〇リハビリテーション医院と名称を変えていたのだ。
「これって、いったい…」
10歳の子供に関わる図書館と病院が、すでに無くなっていた。
なのにその子は今もまだ、その世界に関わっている。
アイコの背中に、冷たい物が走った。