「遠い隔たりと信じられない近さ」-29
その日の夜。晶は転入の話をアイコに言った。
『どう思う?転入って』
『いよいよ夢を実現させるのね。いつから?』
『半月後って』
『どのくらい入院するの?』
『先生の話では、ひと月くらいだって』
『そうすると、わたしの卒業と同じ時期ね』
『なんだか嫌だな。ずっと此処にいたから』
“そういえば、何処に入院してるんだろう”とアイコは思った。
『ところで、今の診療所って、何処にあるの?』
『知らない。〇〇診療所って名前は分かるけど。今度、お母さんに聞いてみる』
『それで、転入する病院は何処の?』
『それも知らない。お母さんが勝手にやってるから』
『分かったら教えて。うまくいったら、お見舞いに行くから』
『本当っ!?』
『本当よ。受験が終われば、卒業までゆっくりできるから。
もし、行けなくても卒業後に行くわ』
『じゃあ、ぼくもリハビリ頑張るよ』
『楽しみにしてる』
今まで、手紙のやり取りだけだったのが、本当に出逢えるかもしれない。
信じられない現実に、2人は喜び感謝した。
アイコが、晶と会う約束を交わした数日後の夜。
「お母さん、上がったよ!」
いつものように、片岡を呼びに職員室を訪れた。
「ああ、ありがとう」
片岡は笑顔を向けた。アイコは傍に寄った。
「お母さん、いつもご苦労様」
「なあに、それ」
背中に抱きつくアイコ。子供逹の前では、絶対にできない。
「お風呂上がったらさ、肩もんであげる」
「いいわよ、そんなの」
いつにも増しての甘えようが、逆に片岡を不安にさせた。
「わたしのことより、あなたは大丈夫なの?受験まで、ひと月切ったんでしょう」
「大丈夫。絶対に合格して、また此処に戻って来るんだから」
これっぽっちの不安など、感じさせない眼をしていた。