「遠い隔たりと信じられない近さ」-20
「なによ!教えなさいよ」
悔しそうな母親の顔を見た晶は、なおも笑った。
「今はだめだよ。もうちょっとしたら、お母さんにも教えてあげる」
「隠し事をされるのはしゃくだけど、まあいいわ」
「必ず教えるよ…それより」
笑っていた晶の顔に、緊張が走る。
「その…今日、この本も持って帰るんだよね?」
指差す先には、白いクジラが描かれた表装の本が。
「そうよ。貸し出し期間は、1週間って言ったでしょう」
母親の言葉に晶は頷いた。
「知ってる。でもお母さん、ぼくはこの本がいるんだ」
「必要なら、また来週借りてきてあげるから」
「それじゃだめなんだ。ずっと持ってたいんだ、お母さん」
あまりに切羽詰まった声。母親にも初めて見せるものだった。
「どうしてこの本がそんなに必要なの?」
執着する理由を訊ねても、晶は固い表情のまま口を開こうとしない。
「晶!」
厳しい声に、晶はようやく口を開いた。
「お母さんも言ったよね?ぼくがとても元気そうだって」
「それがどうしたの?」
「ぼくが元気になれたのは、この本のおかげなんだ」
震えた声。単なるわがままでではない。必要だから言っているのだ。
見た目は普通の児童書。なのに晶は、一生のお願いが如く欲している。
中身のどこに、それほどの感銘を受けたのかは解らないが、一時の間、手放すのもがまん出来ないほどに。
(こんなに言うなら…)
母親は思った。図書館に訳を話して、譲ってくれるよう頼んでみようと。
本ひとつで晶の元気を維持できるのなら、こんな有難いことはない。
「分かったわ。今日の帰り、係の人に頼んであげる」
「ごめんなさい…わがまま言って」
「いいわよ。アキくんが、わがまま言えるほど元気になるんだもの。お母さんも嬉しわ」
面会時間後、母親は例の本を置いたまま帰っていった。
そして図書館側に頼んだところ、紛失による弁償という形に落ち着いた。
晶はさっそく、アイコからの手紙の有無を確かめる。
「あった!」
『晶くんへ。
もう、お母さんと会えたかな?長い入院、大変だけど、早くよくなって下さい。
それから、治ったら1番になにしたい?
それとこのシステム?わたしも解んなくて、熱出したんだよ。
わたしは、神様の贈り物だと思ってる。
どういう仕組みか解んなくても、わたしと晶くんは、今こうして手紙を通じて話してるじゃない。
また手紙ちょうだい』
手紙を見つめる晶の目から、涙が溢れでた。