「遠い隔たりと信じられない近さ」-19
『アイコさん、手紙ありがとう。
中学3年生。ぼくは小学校に行ってないから分かんないや。それと複雑な環境って何?
ぼくは入院してるんだ。5才の時からだよ。今日はもうすぐお母さんが来てくれるんだ。
それより、この手紙のシステムが分からないよ。
アイコさん、知ってる?』
手紙を見つめる眼が柔らかい。文章という限られた情報の中で、アイコは何故か此処の子供逹とは違う朗らかさを感じていた。
アイコは、すぐに返事を書いて本に収めてから、
(じゃあ、またね)
本日、2度目の勉強に取りかかった。
「アキちゃん、元気だった?」
「うん」
暖かな日光が南向きの窓から射し込む午後の病室で、晶と母親は1週間ぶりに言葉を交わした。
「この頃、鬱ぎがちだって聞いたけど、安心したわ」
「そんなことより、お母さん、大丈夫だったの?」
晶は、母親のことの方が心配なのだ。
「ぼくのことで、苛められなかった?」
そんな心遣いに、母親は優しく微笑む。
「大丈夫よ。アキちゃんは優しい子ね」
「そんなことより…」
なおも食い下がろうとする晶を、母親は止めた。
「アキちゃんは、そんな心配しなくていいの。自分のことを考えなさい」
柔らかな手が、晶のおでこを優しく撫でた。
母親の話は嘘だった。
前回の騒動における内容からすれば、父親や娘の不満の捌け口にされているのは、容易に想像できる。
しかし彼女は、それを微塵も感じさせない。このところの晶の容態を考えれば、当然のことだった。
「それよりも…」
母親は、撫でる手を止めて晶の顔を見た。
「何か、良いことがあったみたいね?」
晶はドキリとした。
「どうして?」
「看護婦さんから鬱ぎがちって聞いてたけど、全くそんな感じじゃないから」
わずかな、精神的変化も気づいてしまう炯眼は、母親の特権なのか。
そんな力を目の当たりにしたというのに、晶は次の瞬間、笑いだした。
「良いことはあったよ」
「なあに?」
「教えな〜い」
企みを持った顔。それを見た母親は、呆気にとられてしまった。