「遠い隔たりと信じられない近さ」-17
「そして、これを…」
手紙を再度、図書カード入れに収めると、本をいつもの場所でなく枕の下に敷いた。
これで晶がベッドに横たわっている間は、手紙を入れ替えることは不可能だ。
「これでよし」
晶は、朝食、回診と出入りする人に注意をはらった。
だが、何事も起こらないまま時間は過ぎていく。
残るは、あと2つ。
そのうちのひとつが、回診を終えた1時間後に訪れた。矢野が病室に現れたのだ。
晶は、頭で枕を強く押さえつけた。
「おはよう、晶くん!」
「おはようございます、矢野さん」
挨拶を交わした矢野は、ベッドを通り越して窓際に立つ。
「今日もいい天気よ、窓開けない?」
「今日もいいよ」
「そう」
拒否の言葉に、ちょっと残念そうな顔をしたが、
「じゃあ、わたしもそろそろ上がるわ」
そう言って軽い欠伸をした。
「今から寝るの?」
「当直だったからね。明日に備えて休ませてもらうわ」
矢野は「また明日ね」と言って病室を後にしようとした。
「あの、矢野さん」
晶が、呼び止めた。
「どうしたの?」
矢野が、振り向く。
「あの…アイコって知ってる?」
思いきって訊いたつもりだった。
「なあに、それ?本の題名」
しかし矢野は、これっぽっちの動揺も見せずに即答した。この結果に、晶の方が驚いた。
「いや…知らないなら、いいよ」
「…?」
矢野が病室からいなくなった後、晶は枕の下から本を取り出した。
(また…)
図書カード入れの手紙は、またも晶が書いた物とは違っていた。
「そんな…どうやって」
朝からずっと今まで、本の感触は頭が覚えていたから、誰も手を出せるはずはない。なのに、自分とアイコの手紙は入れ替っている。
(どう考えても解らない…)
晶は、理解出来ないことに困惑していた。