「遠い隔たりと信じられない近さ」-13
晶が、本に手紙を挟み込んで6日が過ぎた。
(明日になればお母さんが来て 、この本を持って帰ってくれる)
それからは、この本を1週間ごとに借りていれば、いずれ誰かが返事をくれるかも知れない。
自分が此処にいることを知ってもらいたい。生きるために戦っていることを知ってもらいたい。
(どうかお願い…)
横たわるベッドの上で、両手を組んで祈る。晶には、それほど切実なことだった。
本から得た知識を、実際に目と耳で確かめたいという欲求を膨らませ、外への想いはこれまで以上になった。
しかし、それは未だ叶っていない。
学校に入ることが、ままならなかった晶には、友だちさえいない。そればかりか家族さえも、彼の存在を疎んじている。
わずか10歳の男の子が、自らの存在理由を確かめようと、外の人との関わりを望んだのだ。
就寝時刻1時間前になって、看護婦の矢野が入ってきた。
「こんばんは」
就寝前の体温と脈拍数を測る。晶が1日の最後に受ける、寝る前の儀式のようなものだ。
手渡された体温計をわきの下に挟む。矢野は晶の手首を軽く握り、腕時計を見つめた。
「74…異常なし。そっちは?」
晶は挟んでいた体温計を外すと、矢野に手渡した。
「36.8℃…と。こっちも異常なし」
矢野は測った値を、看護記録に書き留める。
「明日はお母さん、いらっしゃるんでしょう?」
ひと仕事を終えた矢野が、晶に話しかけた。
「そうだよ」
「また明日から新しい本が読めるね!」
にこやかな声。矢野は、このところの晶が心配なのだ。
冬から春にかけては、はつらつとした表情を見せてくれてたのに、今はまた以前のように鬱ぎがちになってしまった。
それは体調も同じで、あのまま良好を維持出来てれば、お盆頃には退院かと思っていたのに、また、以前のように一進一退を繰り返している。
そして先週の騒動だ。これ以上、体調に影響することが無いようにと願っていた。
そんな矢野の思いも知らず、晶はいつもの薄い笑みで答える。
「ぼくも。お母さんが、新しい本を持って会いに来てくれるのが嬉しんだ」
「そう、よかったね」
矢野も笑顔になった。
「じゃあ、もうすぐ消灯だからね」
「おやすみなさい」
「おやすみ」