「遠い隔たりと信じられない近さ」-11
運転中、安西はひと言も口を開かない。車内に気まずい雰囲気が漂う。
(先生、やっぱり怒ってるんじゃ…)
少女は、時折横目で確認するだけで、何か言う勇気もなかった。
クルマは10分ほどで、少女の家に着いた。
「あ、ありがとうございました」
そそくさと、降りようとするのを安西が止めた。
「な、なんですか?」
「もし、またオレの指導が必要になったらさ。今日のことなんて気にすんなよ」
「先生…」
「じゃあな」
安西は帰って行った。
少女は、そのテールランプが見えなくなるまで、じっと見つめていた。
「とりあえず、良かったなあ〜」
夜。少女は子供逹の入浴の手伝いの後、バスタブに浸かって安堵の表情をした。
思いきってぶつけた不満。どうなるかと思っていたが、最後は解ってくれた。
そればかりか、また必要になったら遠慮はいらないと言ってくれたのだ。
(うじうじ悩んでて、損しちゃった)
少女は、首尾よく終えられたことに唯、喜んでいた。
「お母さん、上がったよ」
入浴を終えた少女は、職員室の中を伺った。
広さは15平米ほどと、さほど大きくない。南側の窓以外はベージュの壁に囲まれている。
中央に置かれた4つの職員用机と、壁に沿って、2つの事務用キャビネットに更衣ロッカーが主な構成品だ。
職員は片岡を含めて4人だが、3人は通いで、常駐は片岡だけというより此処に住んでいた。
片岡は机の上で、まだ残務整理中だった。
ふっくらとした顔立ちにだんごっ鼻、いつも笑ったような目元。
おばさんパーマのような巻き毛は、かなりの白髪で、「お母さん」と呼ぶ少女とは親子以上に歳は離れている。
「ありがとう、すぐ入るわ」
片岡は、風呂場へ向かおうと席を立った。
その時、少女が「あっ!」と声を挙げた。
「ねえ、お母さん」
「どうしたの?変な声だして」
「昨日から平積みになってる本。あれ、何処でもらったの?」
少女の問いかけを受けた片岡は、おでこに手を当てしばらく考え込んでいたが、
「あの日は…3つの図書館から数冊づつ譲り受けたのよ」
片岡によれば2つは閉館した町営図書館、残りひとつは市営図書館だそうで、いずれも整理後に引き取り先がなかった物らしい。
「じゃあ、どの本が何処の図書館からもらったっていうのは?」
「ああ〜、スタンプがあれば別だけど、憶えてないわねえ」