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是奈でゲンキッ!
【コメディ その他小説】

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是奈でゲンキッ!-5

 そんな是奈の心中を察してか、あるいはただの焼きもちなのか、彩霞は。
「運動神経が抜群のくせに、いつも控えめで目立たない是奈の一世一代の晴れ姿を、今日という今日はあの透かした田原の野朗に、見せ付けてやれっ!」
 そう言って、彩霞は是奈の背中を又しても ”ビシッバシッ!”っと、力強く叩き捲くっていた。何気に叩くてがグーだったりもする。
 是奈は彩霞に叩かれ、痛いながらも。
「そっそうかなぁ…… 少しは田原くんにわたしの事、アピールできるかなぁ…」
 とか何とか、思い始めると。
 もしかしてこれが縁で、
『朝霞さん凄いじゃないか! B組にこんな素敵な女子が居たなんて、俺は今、モーレツに感動しているぜっ!』
(そんなぁ田原くん…… 良かったら、わたしと付き合ってくださいっ!)
『勿論、良いともっ! さあっ! 二人の薔薇色の人生に向かって、レッツ・アンド・ゴーだっ!』
(はいっ!)
 てな事を勝手に想像しながら、一人でニヤニヤしたりもする。……が。

「よーし是奈っ! そんじゃぁ、スタート5秒前からカウントするぞ!」
 是奈が、おかしな妄想に浸る間も無く、彩霞はカウントダウンを始めると。
「えっ! ちょっと待って中村さん! わたしまだ心の準備がぁ……」
 そんな是奈の声など関係なく。カウントは早くも3秒前!
「2・・1・・・スタート!!」
 彩霞の掛け声と共に、恐らく、その彩霞にでも蹴飛ばされたのであろう。まるで空母から発進するジャット戦闘機のごとく、是奈は勢いよく坂の上から飛び出すと、眼下のゴール目掛けて、ロケットのように、一直線にすっ飛んで行ったのであった。
「いやぁ〜〜〜助けてぇぇぇぇえええええ……」
 そんな叫び声がドップラー効果と共に、目の前を通り過ぎると。坂の途中で、それを見送ったクラスメイト達からも歓声が上がる。
(行っけー! 朝霞ぁ!!)
(いいぞーー! ピューピュー!!)
(頑張ってぇーーっ! 是奈ぁーーー!)
 と、誰もが興奮、絶好調と言ったところであっただろう。


 急な長い下り坂。とは言っても、せいぜい角度にしたら10°度もないだろう。普通に考えれば、どうって事の無い、ただの緩やかな坂道でしかない。
 だが今の是奈に取っては、そんな普通の下り坂が、永遠に続く断崖絶壁にも思えたであろう。
 恐怖と風圧に細めた目尻から、涙が糸を引いて流れ落ち、自分自身何を言っているやら解らない奇声を発しつつ。それでも、必死になってペダルを漕ぐ彼女の姿は、誰の目にも、勇猛果敢にタイムアタックを試みる強者としか、映ってなかったようである。行過ぎるギャラリー達誰しもが、声援と興奮で、歓声を上げるばかりである。
 そんな彼らの声援に後押しでもされるがごとく、16800の真紅のママチャリも、是奈の気持ちとは裏腹に、順調にそのスピードを上げて行ったのであった。

 そんな是奈が、必死の形相を浮かべ、制服である短いプリーツスカートの裾を翻して、しなやか且つ、健康的な太ももを不本意ながらも披露しつつ下る『氷坂』も、さほど長い訳では無い。せいぜい200メートルと言った所だろう。
 元々が、高台に有る公園へと続く連絡通路だった事もあり、近くに人家も少ない上、車の往来もほとんど無く。ご近所に迷惑が掛かる事も、無さそうである。加えて、車にぶつかって事故を起こすような事も無かったであろう。
 もしこのチャレンジに、唯一危険が有ると言えば、それは勢い余って道路から飛び出し、坂下の田んぼに落っこちる、と言った所であろか。
 がしかし、それも彩霞が指摘した通り、落っこちた所で大した怪我も無さそうである。って……あくまで客観的に考えた上での判断では有るようだが。
 
 その程度に過ぎない坂下りなど、時間にしたら十数秒、長くても20秒足らすと言ったところだろう。全力で駆け抜ける是奈にしてみれは、あっと言う間だったかもしれない。
 気が付けば、彩霞が言っていた ”K点”、すなわち、最終ブレーキングポイントがもう目の前である。
「あああっあの電柱のところでブレーキを掛けるんだったわよねっ!」
 是奈は混乱する頭の中で、そんな事を繰り返し考え、唱えると。ジッと迫り来るゴール手前3本目の小さな電柱に意識を集中させていた。
 K点。すなわち、これ以上ブレーキを遅らせると、確実に田んぼへ突っ込むであろう、所謂、危険な限界地点である。
 言い換えれな、ここから先、どれほどブレーキングを遅らせる事が出来るか、と言う事で。タイムを縮(ちじ)める事が出来るか否が、勝負の別れ道でもあるだろう。
 ならば、ここで思い切ってブレーキングを遅らせたとしよう。
 そうなると。後に残った短い距離で、勢い付いた自転車をいかに停める事が出来るか、と言う事が。本人のテクニックならびに、自転車の持つ性能に左右される事、間違い無く。そんな無謀な賭けに、何人ものチャレンジャー達が地獄を見たことで、あっただろうか。


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