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そんなこと言わないで
【同性愛♀ 官能小説】

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全一章-1

「もう、どの介護士さんも2日と続かないんです。母親の私でさえサジを投げました。このままだったら舞衣はどうなってしまうんでしょう。家族が壊れます。どうかお願いです。三奈子さんが最後の頼みの綱なんです・・・」

 門馬弥生という人の娘・舞衣が、交通事故のせいで下半身不随になり、弥生さんが困り果てているというのです。何人かの友人を辿ったあげく相談されたという牧子から、「三奈子は介護士の資格のあるんだから、なんとかしてやれないかしら」と頼まれた私は、自信を持てないまま門馬家を訪問したとき、弥生さんの第一声がこれでした。

 介護士の資格は持っているものの、正直気の重い相談でした。
 というのも、自分の初志とは裏腹に、介護という激務に疲れ果て、気ままなフレックスタイム勤務のコンピュータ・オペレータとして、既に2年以上も介護の現場から離れていたからです。それを知りながら私にその話を持ちかけた牧子は、私の意地っ張りな性格を見抜いてのことだったのです。
「友達の友達は友達でしょ? その友達の友達だって、数学的帰納法で言えば三奈子の友達でもあるのよ。全てをあなたのやり方に任せるって言うんだから、直接法であなたの実力が発揮できるのよ。これって、三奈子の初志を貫徹できるいい機会だと思うけどなあ・・・」
 私は牧子の説得の仕方に笑ってしまい、考える余地を封じられたように承諾してしまったのです。
 その介護を必要とする子、舞衣ちゃんは、高校入学式の帰り、友人たちと別れて横断歩道を渡ろうとして車にはねられ、脊椎損傷、下半身不随というとんでもない大事故に遭ってしまったというのです。希望に燃える晴れの日ですもの、浮き立つ気持ちも分かります。友人たちとはしゃいで、つい信号を無視してしまったのでしょうか。それはともかく、結果として突然にバラ色の未来を断たれた若い女の子の絶望感を思うと、自分にできるものなら何とかしてあげたい、そう決心した以上早いほうがいいと、その夜門馬家に行ったのです。
 
「とにかく舞衣ちゃんに会ってみますわ」
 弥生さんの指さす舞衣ちゃん部屋のドアには、いくつかの大きな穴が開いており、部屋の明かりと異様な臭気が廊下に漏れておりました。
 ドアの穴。それだけで舞衣ちゃんの行き場のない苛立ちが伝わってきます。荒れている舞衣ちゃんの心情が重くのしかかってきて、少しばかり気後れが先に立ちましたが、拳で空気を叩いて気合いを入れ、ノックもせずにズカッとばかり舞衣ちゃんの部屋に入りました。
 初っぱなから、舞衣ちゃんのペースに巻き込まれてはならない、といった自己防衛本能が働いていました。
 驚きました・・・部屋の状況に。
 壁には、食べ物を投げつけた跡でしょうか、いろんな色のシミが変わった模様を描いておりました。窓やキャビネットのガラスは割れ、壁かけの額は歪み、飲みかけのペットボトル、空腹に耐えかねて少し囓ってしまったようなバナナやサンドイッチの食べかす、食器など、床は足の踏み場もないほどの物が散乱し、もの凄い臭気に充ちていました。
 ベッドを一瞥すると、寝ころんでいる舞衣ちゃんが、いきなり入ってきた私を刺すような目で睨んでいました。
 私はすぐその視線を外し、「お母さん!・・・弥生さん! ちょっと」と弥生さんを呼びました。廊下で及び腰のまま竦んでいる弥生さんに、
「弥生さん、明日の朝直ぐに建具屋さんに頼んでください。ドアと窓を直してもらいましょうよ。この壁紙とフローリングの床なら洗えますから、お部屋はわたしが片付けますわ」
 割れた窓ガラスを放置している学校は荒れていきます。落書きの多い街は犯罪を誘発するといわれます。同じ部屋を掃除するにも、素人にできないことは早めに依頼しておかねばなりませんから、私は、唐突にそれだけのことを、舞衣ちゃんに聞かせるように、大声で弥生さんに言うと、舞衣ちゃんに背を向けて部屋や床を点検するような格好をしながら歩きました。
 いいえ、点検などしておりません。猛犬には目を合わさずにお尻を向けると、敵意の持ちようがなくなった猛犬はこちらの様子を窺うという、あのやりかたです。舞衣ちゃんの目を背中に意識しながら、相手は猛犬じゃなく人間ですもの。たとえ凶器を隠し持っていたとしても、いきなり私の背中に向けて投げつけるなんて100%思えませんから。


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