全一章-14
「お姉ちゃんのキス・・・スゴイ。足の先まで痺れて動かなくなっちゃった。ん? てことは、舞衣の足、動いてたってこと?」
「舞衣ったら・・・」
「まだ、しびれてる・・・」
「舞衣にこんなことして、わたし、いけない女ね・・・」
「どうして? 舞衣がお姉ちゃんにねだったのよ」
「だって、舞衣はまだ高校生だよ」
「高校生・・・そんなこと関係ないと思うけど」
「あるわよ。わたし、おばさんよ」
「お姉ちゃんより老けた同級生だっているよ」
「その子、いくつ?」
「キャキャキャ・・・変なお姉ちゃん。そういうお姉ちゃん好きよ、大好きよ」
「舞衣、キスしたことあるの?」
「友達とね。興味津々で、いたずらみたいなキスごっこぐらいだけど・・・こんなスゴイのなんて・・・身体、溶けちゃいそうだった」
「そんなに・・・?」
「舞衣を・・・高校生を子供ぐらいに思ってたんでしょ。失礼だよ。お姉ちゃん、自分の高校生の時を思い出してよ」
「わたし、遅れてるのかなあ」
「遅れてるよ。それに、お姉ちゃんて優しすぎるんだよ。ホント、もっと早くキスして欲しかったのに」
「舞衣・・・可愛い・・・」
「もっとキスして」
「もう少し眠るんじゃなかったの?」
「眠くなんかないよ。さっきみたいなキスして・・・」
「約束だから、歩いてね」
私は自分の煩悶に明け暮れていたことも忘れ、明るく命じました。
私は舞衣を支え、車椅子まで歩かせてみました。まだおぼつかない足つきでしたが、一歩ずつ真剣に歩を進め、自ら車椅子に掛けました。
「弥生さん! 弥生さん!」
私の声に驚いた弥生さんは、何事が起こったのかと部屋に飛び込んできました。
「舞衣ちゃん、車椅子まで歩きましたよ。もう表の空気を吸ってもいいでしょうから、午後の暖かい時間に散歩に行ってみようと思うの」
「舞衣、ほんとに大丈夫なの?」
「うん」
「弥生さん、もう大丈夫よ。今日は初めての外出なので、ほんの少しの間だけ秋を探してきますからね」
「ママ。行ってきます」
弥生さんの大泣きする声を後に、私たちは近くの公園に向かって出発しました。
「寒くない? わたしのマフラーも貸そうか?」
「大丈夫よこれで。お姉ちゃんのやることって抜かりがないのね。なあにこの車椅子の座布団。あったかい」
「お尻ちゃん、気が付いたのね。スゴイ進歩だね」
「空気、おいしいね」
「舌も大丈夫そうね」
「あ、舞衣をバカにした」
「そう。だってあんなに驚かすんだもの。くやしいじゃない」
「そりゃ、大好きになってしまったお姉ちゃんだもの。何したって、何言ったって大丈夫って安心してたもん」
「あんなに乱暴に舞衣をあつかったのに、いつから<お姉ちゃん>なんて思ったの?」
「最初。お姉ちゃんの涙を見たときから・・・」
「最初? ああ・・・え?」
「ママが泣くのは分かるよ。でも、どの介護士さんも、慰めは言ってくれるけど上っ面だって分かるもん。でも、お姉ちゃんは違った。この人は、舞衣の悲しさを知っているって分かったの。そして、多分、この人の愛に包まれてしまうだろうなあ・・・って感じてた」
「舞衣・・・」
「舞衣のこと、介護士としての責任だからって、そんな風に思ってた?」
「どんでもない。分かってるくせに。わたし、初めて舞衣を見たとき、元気になった舞衣を絶対見てみたいと思ったのよ」