側聞/早苗とその娘・茜は-7
「そう・・・この彩ちゃんがまた、なんて言えばいいのかしら・・・小柄なんだけどスラッとしていてね、第一印象は、ほんと、なんて目力の強い子かしらって思ったわ。でも気持ちが清々しくなるような花のような綺麗さなの。やっぱり東京育ちは違うわ、なんて大声で褒める先輩もいたわ。とにかく、今まで見たことがないような新鮮な綺麗さだったわ。奈津子先輩が、部活の時によく<妹がね・・・>とか<妹はね・・・>って、何かにつけて言うようになったの。みんな、奈津子先輩が一人っ子なのは知ってるから、妹って誰のこと? なんて聞くと、顔を赤らめるの。だから、彩ちゃんを紹介されたとき、みんなにはすぐ分かったの」
「すぐ分かったって・・・なにが?」
「奈津子先輩の心を奪った女の子・・・」
「はあああああ」
「ピアノがまた凄かった。これは天才だと思ったわ。ママたちが文化祭で公演する予定のミュージカルの譜面を見ると、すぐ弾き始めちゃって・・・初見でよ。みんなの歌声を聞いたり歌う人に合図を送ったりしながら、その人のテンポに合わせて、徐々に元のテンポに導いていくのよ。ママ、舌巻いちゃったの覚えてる・・・」
「へえええええ」
「奈津子先輩が、この子は将来有名なピアニストになるわよって言ったの誰も疑わなかったわね。あの目力・・・物怖じしない度胸・・・音楽に対する余裕・・・だけどね、ピアノから離れると少女に戻っちゃって、恥ずかしそうに奈津子先輩の後ろに隠れちゃったりして、それがとっても可愛くて、もう、みんなすぐ、演劇部のマスコットにしちゃおう、なんて言う先輩がいたくらいよ」
「へえええええ」
「何回か奈津子先輩のお家へ行って練習していたんだけど、ある日、マズルカが・・・何番だったか忘れちゃったけど・・・表まで朗々と聞こえてきてね、あ、彩ちゃんが弾いてるんだって言って、寒い日だったけど、みんなで暫く表で聞いていたの。涙ぐんでる先輩もいたわ」
「はあああああ」
「でも、その日の奈津子先輩と彩ちゃんが・・・何か少し変だったの」
「ピアノ弾いてたのに?」
「そう・・・ママね・・・この日が忘れられないの。先輩のひとりがね、今日の奈津子は少し変だよ、おふたりさんの間になにかあったりなんかして・・・って、からかうようなことを言ったの。そういう無神経な人が必ずひとりはいるものなのね。今でもそのときの奈津子先輩の表情、先輩たちの話、その場の空気・・・はっきりと思い出すくらい不思議な雰囲気だった。そのときね、先輩のひとりが、彩ちゃんにマズルカの14番ト短調を弾いてってリクエストしたの。この曲が一番好きなんだ、ああ、ちょっと孤独な感じがするヤツね・・・ヤツだって・・・彩ちゃんが弾き出すとね、奈津子先輩がポロッと涙を落としたの。彩ちゃんまで鍵盤の上に涙落としたりして・・・みんな、何て言うか、ちょっとね・・・やっぱりいつものふたりと雰囲気が違うから、気になっていたのね。奈津子先輩は、<この子とちょっと喧嘩したの>って言ったので、まあ、それなりにみんな納得したようなことを言って収まったけど、誰も本気でそう思ってはいなかったわね。ママにだってはっきり分かったもの・・・」
「お二人の関係がユリ族だったってこと?」
「えええええ・・・ユリ族・・・今はそう言うの?」
「ママ・・・遅れすぎ。男同士はバラ、女同士はユリ。覚えておきなさい」
「へえええ・・・でも綺麗ね」
「感心してないで、次へ・・・」
「そしたら別の先輩がね、奈津子の性格は、小さい頃からみんな知っているんだから、って言ったの。だから、隠す必要なんかないのよ、って、その先輩は言いたかったんだと思うけど、それに続けて奈津子先輩がいかに女の子にもてるか、とか、バレンタインのチョコレートの数がすごいとか、奈津子先輩に恋い焦がれていた子がいたとか言い出したの」
「ホントにそうなの? そんなに奈津子さんてもてたの?」
「そりゃあ背が高くて、男役なんかやるとゾクッとするくらい似合うし、女子高だもの、憧れる子はいっぱいいたわよ。ママだってそのひとりだったんだもの」
「ああ・・・そうか。そうね」