追憶の日記から-19
<赤ちゃん・・・>全身の血が音を立てて足下から床に吸い込まれていくようなショックでした。
アア・・・思い立ったときに帰っていれば良かった・・・お姉ちゃんの声をもっと聴きたかった・・・私の声を聞いたら、何か言いたいことが言えたのではないか。私の声で、少しは元気も出たのではないか・・・。
そして、別れ際になぜ「待ってるわ」のひとことが言えなかったのか、というのが後悔となって襲ってきました。
私は、受話器を投げつけ、自分の心にばかり閉じこもって、お姉ちゃんを思いやろうともしなかった自分の心の狭さを責めました。
私はもう、勉強する気にもなれず、学校を放棄して長野に帰ることにしました。
その足で新田家にお焼香に行くと、
「結婚なんかさせるんじゃなかったよゥ・・・あんな馬鹿な飲んだくれと」おばさまは涙ながらに私に訴えるのでした。
お姉ちゃんの悲しげな遺影を見つめていた私は、胸につかえていた自分への怒りを、理不尽だと承知しながらも、おばさまに向かって一挙に吐き出してしまいました。
「なのにどうしてよ。どうして結婚なんかさせたのよ! どうしてお姉ちゃんの気持ちをもっと聞いてあげなかったのよ。どうして結婚する前にあたしにひとこと言ってくれなかったのよ。おばさまのバカバカ・・・お姉ちゃんは・・・お姉ちゃんは、あたしのお姉ちゃんなのよ!!」
「わしのせいなんだよ彩乃・・・こいつを責めないでやっておくれ。わしのせいで奈津子を死なせてしまったんだよ・・・わしら、あの馬鹿のことも、奈津子のことも、そして奈津子のお腹に子供が宿っていたことも、何も知らなかった・・・体裁なんか・・・クソッ・・・彩乃の言う通り、バカな親だよ」
お姉ちゃんの結婚は、私も共に喜んでくれる話だと思われていたのは当然でした。でも、二人とも、もう既にここに至った理由などは考える力もなく、痴呆のように娘の死を嘆いているだけでした。私は私で、怒りの向かう宛もなく「バカ、バカ・・・」を繰り返し、おばさまは身を捩るようにして私を掻き抱き、お仏壇の前で二人して泣き崩れる他ありませんでした。
お姉ちゃんの遺影は、そんな二人を悲しげに見下ろしていました。