追憶の日記から-17
「およしなさいよそんな風にいうのは。奈津子ちゃんが余計可哀想になるわ。きっと何か・・・大きな事情があるのよ。ツヤ子さんは何にも言わなかったけど、旦那さんになる方はご主人の方の親戚らしいんだから・・・」
「あんな綺麗な奈津子ちゃんに、よりによってなんだいあのずんぐりむっくりは・・・ちきしょう・・・」
「ツヤ子さんがね、勇作が一緒になってくれれば・・・なんて、冗談半分なんでしょうけど言ったことがあるの。彩乃は東京だし、勇作も結構奈津子さんと親しそうにしていたからだろうけど、養子になんて言えるわけないしね・・・新田家には、よそ者の私たちには理解できない事情があるのよ」
「奈津子ちゃんが可哀想だぜまったく・・・あーあ、ホント、もっと早く口説いておけば良かった」
そんな兄の言葉は、ほんとうに悔しそうでした。
虚ろな気分のまま、お姉ちゃんの沈痛な目の色に苛まれていた私は、兄や母の言葉を聞いていると、誰も知らないお姉ちゃんとの秘め事が胸にせり上がってきて、爆発しそうな怒りとなって口をついて出てしまいました。
「お姉ちゃんはね、お兄ちゃんがどんなに口説いたって、お兄ちゃんとは絶対結婚なんかしないわよ・・・お兄ちゃんとはできないのよ」
「そりゃ、どういう意味なんだ、え?」
「意味も何もないわ。できないったら出来ないのよ・・・あたしには分かるのよ。お姉ちゃんはね・・・あの人でも他の誰でも良かったのよ・・・」
私はそう言うと、どっと涙が溢れてきました。
「変な奴だなあ・・・一体どうしたんだよ彩乃は・・・」
私はお姉ちゃんの悲しみを理解しようとしましたが、怒りと悲しみに勝る何ものも頭の中にはありませんでした。
東京に帰る前に一応は、と、心を閉じて新田家に挨拶に行きました。
「この子はね、隣の彩乃っていう子よ。私の妹・・・いいえ・・・それ以上の・・・私にとっての大切な女性よ・・・」
そう言ってご主人を紹介してくれました。お姉ちゃんの言葉は、聞きようによっては危ない表現でした。でもご主人は、木訥なのか愚鈍な性格なのか、くぐもった声で「よろしく」とだけ言いました。
話の接ぎ穂もなく、おしゃべりをする気持ちもなく、青白く血の気のないお姉ちゃんの顔だけを睨みつけていた私は、その場にいたたまれなくなって、
「東京へ帰ります。お幸せに・・・!」
精一杯の皮肉を言って座を立ちました。
玄関を出ると、追いかけてきたお姉ちゃんは私の手を強く握り締め、
「これ・・・奈津子だと思って大切にして頂戴・・・絶対・・・絶対なくさないでね。奈津子はいま、仕方なく結婚はしたけど・・・心は彩乃のものよ。そして・・・キット彩乃のところへ帰るからね・・・信じて頂戴。奈津子を信じて!!」
そう言って、綺麗に包装された小箱を握らせました。
あの涙もろいお姉ちゃんが涙も見せず、振り絞るように囁いた声は、<心だけじゃイヤ・・・お姉ちゃんの全てじゃなきゃイヤなの・・・>そう言い返そうとする言葉を飲み込ませる強さがありました。