お嬢と爽やかと冷静男-4
分かりやすく言えば危険が危ない状況、最悪に悪い事態。
だがそれでも大丈夫だ。まだ冷静に無意な言葉遊びもできている。人間、考えることができなくなったらただの葦(あし)だと、昔の学者っぽい人も言っていたらしい。
つまり、いまだ頭が冷静に働いていることで見えてきた現状は、
「――かなりピンチじゃないかっ!?」
「はい? 何か言ったかい栗花落くん」
「うっさい黙れおとなしくわめけ叫べしかも泣け」
「……大丈夫かい栗花落くん」
変人は眉を寄せながら自分の頭を指差して、それをくるくると回した。ずいぶんと失礼なやつである。
しかし今はそんなことに構ってやる暇はない。考えてみれば授業が終わったのに現われない僕を探しに、つばさがこの教室に入ってくることもありそうな気がしないでもないような気がしないような気がしない。
それに、何だかさっきから悪い予感がひしひしと。僕の“悪い予感”の的中率は、露天のうさんくさい占い師なんて比にならないほど高い。その理由は推して測るべし。毎日苦労してるんで。
よって、つばさはたぶんきっと、おそらく、高確率で現われる。
「もう、いっちー待たせすぎ――って、あれぇ、どうしたのいっちー。めずらしく友達生産中?」
……ふっ、《そうそう、こんな感じに》なんてベタな反応は知性にかけてしないぞ。僕はこれでも日々いろいろなことを学習しているんだ。よってここは大多数の予想を否定し裏切り駆け抜けて、
「……終わった……」
ええ、燃えつきましたとも。真っ白に。
あとは屍山血河となれ。ん、違うかこれは。
……あぁ目眩(めまい)がっ。
視界の隅に、よろめく僕を教室の入り口から首を傾げて不思議そうに見ているつばさが映る。そして、中心には変な笑顔で固まっている新聞部の四人。
「うんオレは詳しく詳しく話が聞きたくなったよ栗花落くん」
「ええ我々も」
「すごく興味が」
「湧いてきました」
笑顔なのはいいが、声が引きつっているのだが。
とりあえず体勢を立て直して、
「黙れ馬鹿ども見えん聞こえん言えないぞ何も」
「……ねえいっちー、友達は大事にしなくちゃダメだよ? せっかく私が今までずっと更正を手伝ってあげたのに、全然よくなってないんだね」
「…………」
降りる沈黙は五人分。
ああああ! さり気なく付き合いの長さをアピールしてるぞこれ! 悪くはないけど。
でも悪化してる、世界は確実に悪化している。分かりたくないのに、敗者に鞭打ちその傷口に塩を塗りこみ泣きっ面にしたところに蜂をけしかけた後みたいな負のオーラが後ろから注がれる。
当たり前だが、僕は困難が多ければ多いほど燃えるなんてマゾっ気たっぷりな思考なんてできない。
「ん、どうかしたの、ボーっとして。大丈夫?」
「……なあ、何も言わずに回れ右をして部室に行っててくれないか」
廊下に出て、つばさの背を押して四人から遠ざけながら言ってみた。しかし、なぜか静かな変人たちが逆に怖い。
「え、でもでも――、あ、喋っちゃった! 何も言っちゃいけないのに。どうしよう、いっちーが勝ったと思って調子に乗っちゃうよっ。だよねっ!?」
何が《だよねっ》だ。
「乗らない。いいからさっさと行けっ」
「えー、今日のいっちーわがままだよー。やっぱり調子に乗ってるぅ」
そう言いながらも大して抵抗しないのは、やはりふざけて言っているだけだからだろう。だけど今は、残念なことにそれすらも危険だ。
「……分かったのか、分からないのか?」
「はいはーい、分かりましたよーっだ」
つばさは不承ながらといった感じでうなずいた後、ようやく歩きだした。だけど少し離れるとすぐに振り向いて、
「友達とは仲良くしなきゃダメだよー」
人目をはばからずにブンブンと手を振る。いいから早く行け。
その後、敵意とか悪意とか、そんな感じの黒いものが含まれた視線、それも四人分に耐えながらつばさが見えなくなるまで待つ。
待つ。
待った。
「――さて、ではではじっくりねっとりばっちりと話を聞かせてもらおうか栗花落くん」
つばさが廊下の角を曲がり見えなくなった途端に、四本の腕が僕の両肩と両腕をしっかりとホールド。
その力は相手、すなわち僕への配慮がまったく感じられない。これが男の妬(ねた)みの恐ろしさか。
「よし連れていくぞ野郎どもっ!」
「イェッサー!」
なんて考えているうちに馬鹿な号令と、三重の応答がひびく。何だかこうなってくると抵抗するのも面倒になってきたので、このまま流れに身を任せることにした。
そして四本の腕に教室の中に引きずり込まれ、
「ああっ。幸一郎さん、いいところにっ!」
思いっきり、がくっ、となった。