お嬢と爽やかと冷静男-3
「で準備はできてるかい栗花落くんよ」
返事代わりに、親指を下に向けて突き立てる。
「オッケー、ビバオッケーいい返事だナイスだね栗花落くん、さて本題」
いいのか。
ああ、そろそろ胃も痛くなってきた。
「では最初の問い、ずばり栗花落幸一郎は本校の一年生である」
「そうだな」
「続けて問い二、栗花落幸一郎は文学部である」
「そうだが……質問じゃなくて確認じゃないか、これは」
「気にすんなの問い三行ってみよう、文学部の一年には遠矢桜子と大宅つばさがいる」
「……ああ、いるな」
何やら話の雲行きが怪しくなってきた。なぜあいつらの名前がここで出てくるのだろうか。当然、いい予感はしない。
「じゃあドキドキの問い四だけど栗花落幸一郎はぶっちゃけ――、遠矢桜子と大人の関係だ、ってかヤっちゃった?」
「ごふっ!?」
吹いた。何かを。思いっきり。
「んんんその反応は事実だったりしちゃったりするのかなっ」
早く否定せねばとあせりつつ何とか乱れた呼吸を整えて、
「おい何だそれ!? お前らの頭はどこの宇宙に繋がった!?」
「おおっと否定しないねそこんとこどうよ色男?」
「そんなことある訳ないだろうが!」
「ふむふむ嘘じゃなくて真実百パーセントかな?」
「間違いなく完全に他の可能性が入り込む余地なく百パーセントだっ」
「よしそこまで言うからには一応は信じようマイフレンド、――でもって、だそうだお前らよかったな」
後半は中田、木鈴、田山に向けた言葉らしい。見れば、三人とも練習したかのように寸分違わぬタイミングでうなずいた。
「……」
「ぬははは、いやなに実は君らが付き合ってるって噂が流れ流れて漂ってオレらの耳に入ったわけさ。だからここで真実を公表しる場がなかったらきっと昼間は孤独な野郎どもからの視線が月の無い夜は背後が危険だったんだぜぃ? 半目じゃなくて溢れんばかりの感謝をプリーズ金品で」
男子の言葉に中田木鈴田山も大げさにうなずく。例に漏れずそろった動きで。
「……馬鹿ども」
「くっはーっこいつはキツいの来たねやるなお主」
「ってかこのためだけに集まったのかよお前ら」
「もちろんだぜぃ!」
笑顔が輝く。無駄にまぶしい。
あああ、頭とか胃とか、何かいろいろなところが痛くなってきた!
「うんまあ栗花落くんはことの重大さが分かっていないみたいだけどもし答えがイエスだったら、希少価値が半端ではなくて地球の大切な資産たる独り身の美少女をたぶらかし独占し汚したって重罪で、うらやましくてうらやましくて全世界どころか宇宙が敵になってたよ確実に、命拾いしたね栗花落くん」
「最後のが本音か。そもそもお前ら、好感を持てる要素なんて遠矢には――」
無いだろ、と言おうとして、しかし外見を思い浮べれば、
「あるか、一応は……」
つまりこいつらは幸か不幸か、騙されているということに気付いていないと。確かにあいつの外見だけを見ていればうなずける。結局は顔で決まるというところか。
それにしても、人間の先入観というのは悲しいものだな、と思う。遠矢の本性が、外見から思いつく最悪の予想の、さらに右斜め上を余裕で行くものだと知ったらこいつらは何を感じ何を思うのか。
ともあれ、この変人たちが遠矢に無駄な期待をしているという事実は変わらないわけだ。
「……何を哀れんだ目でこっちを見ているのかなと、とてもとても問い詰めたいのだが栗花落くん」
「気にするな、世の中には知らないて過ごしたほうがいい時もある。そして今がその時だ」
「まあいいよ、まあいいさひとつ目は」
ひとつ目。
何だろうか、このいやな語感は。もちろん意味は知っている。いくつかあるものの内の最初のものを指す言葉。
そして意訳してみるとこうだ。
まだあるぞ、と。
……落ち着け僕。むしろ頑張れ自分。
悪いほうへ流れはじめた思考を止めるため、ひとつ深呼吸をして情報を整理。
と言うか整理するまでもなく、さっきの質問中に出てきた人物はふたり。その片方についての話題が終わり、それを変人はひとつ目と言った。となれば次の話題には残りのもう片方、つばさが絡んでくるのは明白だろう。悩むまでもなく簡単だ。
で、この場合における話題とはそいつと僕の関係のことを言うのであって。
あえて固有名詞を使って言えば、つばさと僕。
そして普段は忘れがちな事実だが、つばさも男子連中に中々な人気を誇っているのだ。そういうことにうとい僕の耳にも入ってくるくらいに。やっぱり皆、人を見る目がある。うん。本当によく分かっている。
そして閑話休題。
「……!」
そこでようやく気が付いた。今までの情報が、パズルをはめ込むように組み合わさっていく。そして完成した絵は、これからの辛苦を全力でこれでもかと表していた。