投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

悪魔とオタクと冷静男
【コメディ その他小説】

悪魔とオタクと冷静男の最初へ 悪魔とオタクと冷静男 74 悪魔とオタクと冷静男 76 悪魔とオタクと冷静男の最後へ

お嬢と爽やかと冷静男-12

 感情を押し殺しているような、妙に平淡な声。押し込めている感情は、もちろん、分からない。
「一目見たときから思ったんです。この人は他の人とは違うって」
 立ち止まった。
 でも、振り向けない。
 下らないことでも浮かべる笑顔。
 人を小馬鹿にした顔。
 呆れたように吐くため息をつく表情。
 いつもの、遠矢。
 振り向いて、だけどそんなものがなかったら。もし見たことのない表情をしていたら。
 僕は、たぶん、耐えられない。
 きっと僕は遠矢が嫌いじゃないのかもしれない。
 それ故に。
 そんなことはあってはならない、僕たちの間には。馬鹿で騒がしく下らなく色付いたこれまでは、絶対に壊しちゃいけない。
「ですから、きっと幸一郎さんはわたくしにとって大切な――」
 もし壊れたら、二度とは元に戻らないから。
 そして、
「――とっても大切な、玩具なんです」
「…………」
 十秒前の僕よ、どうよこの現実、しかと見ろ。
 本当に首をくくりたい。ありえない。これはきっとまやかしだ。
「ふふっ、どうしたんですか立ち止まって。何かありましたか?」
 きっと今、からかった後のように、いつものように笑っているのだろう。
「……何でもない。足の短いお前を慈悲深くも待ってやったんだ。山より高く海より深く感謝しろ」
「あらあら、それはどうも有難うございます、幸一郎さんのくせに」
 いつもの会話。
 いつもの声。
 歩きだした僕のことを小走りで追い抜いて、振り返らないで先を行く。
「それでは、――これからも存分に楽しませてくださいね?」
「……知るか」
 やっぱりこいつは。
 わがままで、人を小馬鹿にしてて突拍子もなくて、ズル賢くて、だけど、有り難くて。
 だから僕は、そんな遠矢桜子が。
 心の底から……、――。
 ……。
 ……。

   ◇

 次の日、僕は再び新聞部の連中に囲まれていた。
「栗花落くん栗花落くん昨日は何さ何かな!? いつの間にかいなくなっちゃって遠矢さんもやっぱりいなくて!」
「怪しいなっ」
「怪しいぞっ」
「怪しさ大炸裂っ!」
「うっさ……」
 四方からしつこく責め立てられて耳をふさいでいたところに、ちょうどよく遠矢を発見した。
 さすがにもう追け回されてはいないらしく、普通に廊下を歩いていた。
「ああ遠矢さんじゃあないですか、昨日はどうして何も言わずに――! ままままさか栗花落くんに脅されて連れていかれて拘束されて……ああっ見たい! はっいやいや、なんて悪逆非道な!」
「……ってことで、この馬鹿を黙らせるために無実を証明してくれないか」
 遠矢の言うことなら無条件で信じそうだし。
「はぁ……。では、そうですねぇ」
 遠矢は人差し指を軽く唇に当てながら何ごとか考えていたが、ふと微笑を浮かべた。あまりいい予感はしない微笑。
「昨日は色々と、――秘密を共有していたんですよ。ね? 幸一郎さん」
 や、やはり……。
 一気に血の気が引いて、代わりに周囲のボルテージは上がったようだ。おおゼロサムゲーム。
「ふふっ、昨日の仕返しですよ」
 楽しそうに笑いながら去っていく遠矢の背を眺めながら考える。
 まったく、これをどうしろと言うのか。まったく飽きる暇もない。
 やはりあいつといると毎日が騒がしい。
 だから。
 やっぱり僕は、遠矢桜子のことが、

 ――大ッ嫌いだ。


(了)


悪魔とオタクと冷静男の最初へ 悪魔とオタクと冷静男 74 悪魔とオタクと冷静男 76 悪魔とオタクと冷静男の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前