全一章-6
「ずるいわね、気になるじゃない」
「ママこそずるいわ。さっきだって、とんでもない告白みたいなこと言って、この間からまだ話せない、ばっかりなんだもの。今日こそ話して。そしたら、茜も彩乃先生の話するわ」
「分かった。茜が彩ちゃんの涙なら吸ってみたい・・・なんて言うんだもの、もう、話しておかなくちゃいけないかなって思ったから」
「そういうお話なの・・・?」
「そう・・・そういうお話・・・」
「ドキドキしてきちゃった。ママのそんなお話」
「お茶入れるわね・・・」
「ママが高校2年の頃よ。1つ上に奈津子先輩がいたの」
「奈津子先輩?」
「そう・・・それが新田奈津子さん」
「ああ・・・何となく分かってきた。彩乃先生の言うお姉ちゃんだ」
「先を読まないで。話したくなくなっちゃう。そんな簡単な話じゃないんだから・・・」
「ごめんなさい・・・」
「茜に分かって欲しいの。そういうこともあるんだ、くらいに思っていて欲しいのよ。もう、茜も分かっているようだけど、素敵な同性愛の一つの例だと思ってね」
「分かったから・・・話して。ママが思うより、茜、詳しいかも知れない。マンガなんかの仕入れだけど、観念的にね」
「うん・・・それが問題なんだけどね・・・ママたちの時代より知ってるかも知れない。でもね、同じ恋の話でも、心からそう思っているか、知識だけかでは全然違うし、長く長く続く本物の恋か、いい想い出も作れないまますぐ終わってしまう恋とでは、恋の値打ちが違うのよ。彩ちゃんの恋は、ママが思っていたより遥かに深くて真剣な恋だったのね・・・」
「・・・・・・」
「どこまでだったっけ・・・」
「新田奈津子さん」
「そう・・・美しい人だった。誰もが見とれるほどのね。入学式のとき初めて見て、女優さんが来ているのかと思ったわ」
「そんなに?」
「ええ・・・ママなんか簡単に近寄れない感じがしたわ」
「ママだって、みんな、茜のママは綺麗だねって言ってるよ。茜もそう思っているから自慢のママだけど」
「茜だって、ママが言うのは身びいきだけど、綺麗よ」
「それは横に置いといて・・・」
「その奈津子先輩が演劇部にいるのを知って、ママはすぐに演劇部に入ったの。奈津子先輩に近付きたくってね。背が高くてね、170センチ以上あったかしら・・・肌が雪のように白くて、ほっそりとしてしとやかで、勉強ができて声が綺麗で・・・まあ、非の打ち所がないっていうのは奈津子先輩のためにある言葉かしらと思ったくらいよ。同級生なんかも騒いでたし、多分、学校中そうだったんじゃないかしら・・・。高校生って、年齢的にも恋だの愛だのって最大の関心事でしょ? 結構あからさまな話なんかもする子もいたわね。でも、奈津子先輩の口からはそういった話は聞いたことがないし、みんなもどこかで奈津子先輩にはそういう話はしにくかったみたいね」
「ママの話を信じると、なんだか、逢ってみたくなる完璧な人のようね」
「ホントの話よ・・・それで、その演劇部なんだけど、ママたち下級生を入れて8人ほどしかいなかったの。その先輩たちに混じって、初めて奈津子先輩のお家に行ったとき、彩ちゃんを紹介されたのよ」
「そのときの彩乃先生が茜の年齢だったのね」