部活と冷静男と逃亡男-4
「……どっ、どうかしたか?」
「……やっぱり私のこと嫌い?」
「え、あ、えと」
「嫌い?」
まずい、また泣きそうだ。
「……そんな訳ないだろ」
「本当?」
「…………ああ」
はっきり言って、つばさを嫌いになるなんて、天地が逆さになってもありえない。
「…………もう一回言って」
「……あ、え? な、何を?」
モノローグを読まれたかと内心焦ったが、返ってきた返事は別のことだった。
「さっきの」
「ん、な、何か言ったか?」
本当は分かっていたけど恥ずかしいからとぼけてみたら、少し拗ねたように答えが返ってきた。
「言ったよ。ずっと一緒にって」
「そ、そうか?」
「……もう一回」
「…………本気?」
わざわざ聞かなくても、表情がマジだと言っている。
かなり恥ずかしいんですけど。
さっきから恥ずかしさの連発でどんな羞恥プレイだって思ったりしてるところに、これは本気でトドメを刺す気かと邪推してしまったり。
「やっぱり嫌?」
気が付いたら、つばさが僕の顔を覗き込むようにしていた。
「ん、あ、そう言う訳じゃ……」
「…………」
つばさが黙り、僕も黙る。
二人とも無言でいると、教室から溢れる放課後の喧騒が少しずつ遠ざかっていき、周囲からの音が溶けて消えていくような錯覚を覚えた。
もちろん、ざわめきは確かに存在して鼓膜を震わせるが、もうそれを音とは認識できない。
代わりに、自分の心音だけがどんどん大きくなり、僕の聴覚を支配していく。
「あ、えと、い……いっ……」
只の一言。それが出ない。
「…………い、今は勘弁してくれないか」
結局、羞恥心を筆頭に心がギブアップを宣言した。
情けないな、僕。
「…………」
「ほ、ほら、人とか来たらさすがに恥ずかしいだろ?」
「…………今じゃないならいつ?」
「さ、さあ?」
「もうっ!」
僕の適当な返事で、つばさは唇を尖らせながらそっぽを向いてしまった。どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。わざと『不機嫌である』ということを見せ付けてくるぐらいに。
「いや、ほら、わざわざ口で言わなくても実行するさ。だから、それで勘弁してくれないか……?」
自分でも見苦しいと思う言い訳だが、意外にもわずかに思案顔になるつばさ。
それを見て、これなら何とかなりそうだなと、心の中で胸を撫で下ろす。
しかし、淡い希望は続く爆弾発言で、再生不可能なほどに粉微塵に砕かれた。
「……じゃあ、今度いっちーの家に泊めてくれる?」
「……………へ?」
間抜けな声が出てしまったが、それに気を割く余裕などは残っていなかった。
何て言うか、頭ん中真っ白。
「……って、はぁ!? い、いきなり何を言ってるんだよっ!?」
沈みかけていた意識が再びつながった時には、いきなりの大人への階段、しかも二段も三段もスッ飛ばしたような状況に、慌てた。これでもかと言わんばかりに。
「一緒にいてくれるんでしょ?」
「いや、確かに言ったが、仮にも、って言うか完璧に僕も男であって、年ごろの男女が一つ屋根の下で寝起きを共にするなんて間違いがおこらなくもないかもしれないし、お父さんは許さないぞって言うか――」
正直、嫌われようがこれは絶対に認められないと、その旨を伝えたら、
「嘘つき」
怒られた。ついでに軽く睨まれた。
別にそれが恐いわけではない。むしろ、どこか微笑ましいぐらいだが、それでも逆らえないのは惚れた弱みと言いますか。
「嘘つき」
「………………………………………………………………一晩だけ、客間でいいなら」
完膚無きまでの敗けだが、本当にこれだけは譲れない。
「いっちーの部屋はダメなの?」
「ダメだ。つーか、年頃の女のくせに、軽々しく男と同じ部屋で寝るとか言うなっ」
「そんな固いこと言わないで、ね?」
「ダメだ」
「……何で?」
「…………いろいろあるんだよ」
「別にえっちな本とかがあっても気にしないよ? いっちーも男の子だもんね」
「……そんなの持ってない」
「うっそだ〜。男はみんなスケベで、いっちーは男子、だからいっちーも当然スケベだって――」
「……長谷部が言ってたのか?」
こんな奇妙な三段論法を教えるのは、僕の知ってるかぎり長谷部ぐらいだ。つばさの友好関係を全て知っているわけではないので断言はできないが。