部活と冷静男と逃亡男-10
だが、由紀は拓巳への心配など微塵も匂わせず、むしろ興味無さそうに、つまらなそうに答える。
「何語だよ、それは。悪いが私は日本語と英語少々しか分からないぞ。と言うより、一介の高校生にそれ以上を求めるのは無茶な話だがな。だから神に見捨てられたと嘆くなら日本語にしろ。
――もっとも、キリスト教然り、バラモン教然り、世界のほとんどの宗教では神はずいぶんと利己的だよ。普段から神を敬えばいずれは神の御心が、って言うだろ? 見方を変えれば『信じなければ救わない』そういう事だな。ノアの箱船や、罪業の街ソドムとゴモラがいい例だ。まあ、忠告に耳を貸さなかったやつらも悪いと言ったら悪いんだが。しかし長い目で更正を待てない辺り、神は自己中なうえに短気だな。
っと、少し話がずれた。つまり、信仰心が稀薄な民族――日本人は、神を信仰している奴らから見れば、見捨てられたと言うより最初から加護が無いのだろうな。だからそう嘆くなよ鈴村」
どうやら凛の考えは違ったらしく、ちゃんと意味のある言葉らしい。それは当然か。
「ああ、言われてみれば確かに――って、意味しっかり通じてんじゃん! 普段は信じていない神様にすがるぐらい切羽詰まってるんだよ、僕は? だからさ、もっと思いやりを持って――!」
拓巳の切実な思いが込もった魂の叫びも、由紀は相変わらずつまらないものを見るように、半眼で見つめながら「五月蝿い」と一言で切って捨てた。
ぐふぅぁ、と奇妙な声をあげて脱力する拓巳。
「ひどい……さすがにこの扱いはひどすぎるよ……」
そして再び泣きそうな顔になる。きっと彼の頭のなかでは、この先確実に訪れる苦難のことで一杯だろう。
「……何だか話がずれまくっているな。時間を浪費するのも勿体ないし、これ以上は無駄話は無しにしよう。さあ、覚悟はできたか? もう言うぞ、言ってしまうぞ?」
ひどいとは思うが、なかなかに口をはさみずらい雰囲気に、凛は傍観者に撤することに決めた。
……拓巳くん、本当にゴメン!
とりあえず、拓巳に向かって心の中で精一杯に謝ってみる。が、通じるワケもなく。
「ふふふ、いい顔だな鈴村。では、そろそろ期待に応えて――」
ついに死刑宣告が始まってしまった。
凛が心配そうに(でも少し期待しながら)見守る中、廃人のような拓巳に由紀が実に楽しそうに――
「……ねえ、由紀ちゃん」
「――ん、どうした美奈?」
しかし、今まさに拓巳へ非道な現実が告げられようとした時、今まで黙っていた美奈が急に口を挿んだ。
さらに続けて、
「今はそんなことしてる暇ないよ? そんなのどうでもいいから早く行かないと」
美奈の口から発せられたその言葉は、この場にいる人間の思考をフリーズさせるのに十分なものだった。
「……えーっと」
そして、なんとか頭が再稼働した三人を次に襲ったのは、目の前の出来事に対する驚愕だった。
三人揃って、美奈が拓巳をおもちゃにして遊ぶには丁度いい機会を『そんなこと』扱いしたことに、かつてないほどの衝撃を受けていた。