異界幻想ゼヴ・クルルファータ-32
出入り口に素っ気ない字で『食堂』と書かれたプレートがぶら下がった部屋へ、六人は進む。
習った物とは多少字体が違うが、普通に字が読めた事に深花は驚いた。
しかし、今はそんな事に驚いている時ではない。
食堂に入ると、ヴェルヒドが六人分の軽食と飲み物を注文する。
六人掛けのテーブルにいちおう集まるが、自分達以外の客はいなかった。
「で、これからどうすんだ?」
いらつきが感じられるジュリアスの声に、ティトーが肩をすくめる。
「待つしかない。何者か知らないが、あっちの都合がいい時に招待してくれるだろうさ……招いておきながら待ちぼうけ食らわす悪趣味でも持ち合わせてなけりゃな」
店主が、六人分の軽食と飲み物を持ってきた。
各々の前に置かれた軽食へ、それぞれ手をつける。
「……食文化も、さほど変わらないんだ」
考え込んだ風に、深花は呟く。
「あ?」
「リオ・ゼネルヴァとダェル・ナタルの文化って、すごく似通ってない?言葉も普通に通じるし、文字もほぼ一緒。食べ物だって、調理法とか味付けとかほとんど差異がないように感じるんだけど」
場所柄を考慮して低く抑えられたその声に、ヴェルヒドが目をしばたたく。
「バランフォルシュに愛されている割には、不熱心な女だな」
そして、そう深花を非難した。
「え?」
「我々は元々一つの種族だったと、『始源記』に載せられているだろう。ウェルディシュとして始源記を学んでおくのは、常識の範囲内だと思っていたんだが」
「ウェルディシュ?始源記?」
初めて聞く単語に、深花は戸惑う。
「ウェルディシュは各精霊の代表を総括して呼ぶ時の名称だ。始源記に関しては……神学の分野は一生学び続けるものだから軍引退後に学んでも遅れは取り戻せるし、今すぐ学ばなくても君の振る舞いそのものが既にバランフォルシュの主張の体現だし、問題なしと思って後回しにしていたんだ」
ティトーのフォローに、ヴェルヒドが唸る。
「そういう事か……しかし、無知すぎるだろう」
「仕方ないだろ」
ジュリアスが言う。
「こいつはラタ・パルセウムの生まれだ。これでも、文化習慣はずいぶん叩き込んだんだがな」
ヴェルヒドとウィンダリュードが、硬直した。
「……え?」
「聞き慣れない名前だとは思ったが……ラタ・パルセウムの生まれ?」
天敵二人の驚きが、三人に衝撃を与える。
「イリャスクルネをラタ・パルセウムに送り込んだのは、お前達じゃない……?」
ティトーの呟きに、ウィンダリュードが眉をしかめる。
「なんだって、あたしらにあんたらを手伝わにゃならん義理があるのよ?」
「と、すると……昔お前の披露した推論は間違っていたっつう事になるな。そうなると、誰がイリャスクルネをラタ・パルセウムに送り込んだんだ?」
ジュリアスの声に、深花は戸惑う。
しかし、その戸惑いに答が出る事はなかった。
「お待たせしたね」
食堂の出入り口に、男が姿を現した。
年は四十前後といった辺りか。
肩まで伸びた金髪は不健康な生活を示すようにパサついており、どう見てもお洒落や身嗜みの賜物ではなく面倒がこじれて適当にやっつけている代物のようだ。
左目は黒い眼帯に覆われ、右目は眠そうに半分ほど閉じられている。
しかし、その立ち居振る舞いには実に隙がない。
かなりの手練と見受けられる男は、眠そうに頭を振った。
「こりゃいかん。店主ぅ、エールをくれ!」
奥の厨房に向けて男が叫ぶと、店主はすぐに大きなジョッキを持ってきた。
泡立つエールを一気にあおり、男はげっぷをする。
「おぉ、レディ方には失礼」
酒を飲む前よりしっかりした口調で謝ると、男は一行を順繰りに見遣った。
「全員雁首揃えてやがんな?なら行くぞ、うちのボスがお待ちだ」