クリスマス-2
「離婚しましょ?もう限界なの」
口火を切ったのは陽子さん。
「待てよ、冷静になれって」
慌てる崇さんに、雰囲気を察したのか大人しくサンタさんにもらった本を広げていた亮太くんの肩がびくっとなる。
「あ、あのっ」
部外者が口を出すのもどうかと思ったんだけど。私が口を挟んだことで4人の視線が一気に私に集中する。
「さ、差し出がましいようですが、私、亮太くんとお散歩に行ってきてもいいですか?」
重苦しい沈黙が再び部屋に訪れる。亮太くんが場の空気を察したのか、私の手をぎゅっと掴んだ。
「ぼく、リカちゃんとお散歩いきたい!」
「だから亮太、リカじゃなくてチカ。って、チカ大丈夫なのか?」
亮太くんに再び冷静にツッコミをいれながら、しゅーちゃんが心配そうに私をみる。正直、子供の面倒なんて見たことないけど、この場に亮太くんがいるのはかわいそうな気がしたのだ。部外者の私もあまりいていい存在ではないだろうし。
「あの、陽子さん、亮太くんお借りしてもいいですか?」
「チカさん…ごめんなさいね。そうしていただけると助かるわ」
「じゃぁ、支度するから亮太くんちょっと待っててね」
急いで外に出られる支度をして、不安そうなしゅーちゃんに見送られて部屋を出る。何かあったら連絡すると約束をして。お散歩といってもどこに行ったらいいのか検討もつかない。晴れているとはいえ、まだ朝方だし、寒いし。亮太くんに風邪ひかせるわけにはいかないし。
「亮太くん、朝ごはん食べた?」
しゅーちゃんのマンションのそばにドーナツショップがあったことを思い出す。昨夜食べ過ぎたとはいえ、あまりの緊張から解放されたらお腹が空いた。
「ちょっとだけー。チカちゃん、お寝坊さんだったからまだ食べてないでしょー?」
「うん。お腹すいちゃった。一緒にドーナツ屋さん行ってくれる?」
「うん!」
やっとチカちゃんと呼んでくれた亮太くんの手を繋いで、ドーナツショップへ。ちっちゃい手はあったかい。歩きながら通っている幼稚園のこと、好きなアニメのこと、しゅーちゃんのこと、人懐っこい亮太くんはいろいろと話してくれた。
「しゅーへーはね、優しいんだよ。ぼくが生まれた時、パパお仕事でいなくってね。しゅーへーがママのこと病院に連れてってくれたんだって」
「そうなんだ。亮太くんは修平お兄ちゃん好き?」
「うん!いっぱい遊んでくれるんだよ。ピカピカの公園も動物園も連れてってくれるし。チカちゃん行ったことある?」
どうやら亮太くんの話からすると、亮太くんのパパはかなりお仕事が忙しい人らしい。その分、陽子さんやしゅーちゃんは亮太くんが寂しい思いをしないようにしているみたい。ピカピカの公園ってきっとイルミネーションを見に行った公園のことだよね。そっか後部座席の違和感は、チャイルドシートだ。あれは亮太くんのだったんだね。
「動物園はないなぁ」
「じゃぁさ、今度しゅーへーとぼくとチカちゃんで動物園いこ!帰ったらぼくしゅーへーにお願いしてあげる!」
「いいねぇ。じゃぁお姉ちゃんがお弁当作ってあげる」
「えー、いいよぉ。しゅーへーお料理も上手だもん。しゅーへーが作るよ」
しゅーちゃんはキャラ弁も作れるらしい。遠足の時になんとかライダーのお弁当をしゅーちゃんが作ってくれた、と亮太くんは教えてくれた。亮太くんを見てると、同じくらいの自分を思い出す。仲の悪い父と母と、同居していた父方の祖母。その間で板挟みになっていた自分。結局私の母は祖母との関係に耐え切れず、他にオトコを作って出て行ってしまったけれど。
「ほんとはさー、パパとママとしゅーへーとチカちゃんとぼくでいければいいのにね」
「そっかぁ」
行けるといいね、なんて軽々しく言えないし、きっと亮太くんも子供心に傷ついてるんだろうな。2人でドーナツを食べ終わってもしゅーちゃんからの連絡はなく、図書館に行って一緒に絵本を読むことにした。絵本の読み聞かせなんてやったことないけれど、亮太くんは上手だと褒めてくれる。2匹のねずみが大きな卵をみつけてホットケーキを作る話は私も子供の頃大好きで何度も読んだ絵本だった。クリスマスだから、とクリスマスっぽいお話の本もいくつか読み終わった頃、バッグの中でケータイが震える。
「チカ、いまどこ?」
「図書館の外。そっちはどう?」
「なんとか仲直りさせて、デートしてくるってさ。夕方まで亮太の面倒みろだって」
「そっか。よかった」
「今からそっち迎えに行くからそこにいて」
「うん。じゃぁ、あとで」
亮太くんにしゅーちゃんが迎えに来ると告げるととても嬉しそうだった。本当にしゅーちゃんのことが好きなんだろうな。5分もしないうちにしゅーちゃんは車で迎えに来てくれた。
「亮太、イイコにしてたか?」
「うん!チカちゃんねぇ、ご本読むの上手なんだよ。しゅーへーより上手!ねぇ、パパとママは?」
「うん。ちゃんと仲直りさせたからデートしてくるってさ。亮太は、今日は修平とチカちゃんとデートな」
「やった!しゅーへー、ぼく、動物園行きたい!」
「んー、でも今からじゃ動物園は難しいな。腹減ったから、ファミレスいって、水族館はどーだ?」
「やった!でもチカちゃんもぼくもお腹すいてないよ、ねー?」
「ねー」
「あ、2人だけずるいぞ。何食べたんだー?」
「ひみつー」
「秘密」
亮太くんに釣られてそういうと、しゅーちゃんはちょっと拗ねたような顔をした。あぁ、こんな表情も初めてみる。なんだかいいな、こういうの。