華麗なる逃亡日記 〜DONA NOBIS PACEM〜-9
日はすでに沈み、夕刻の名残の赤が西の空を染める以外、すっかり夜が満ちていた。
そんな夜の気配満ちる中、校舎脇の森に帰宅部と漫画研究部は並んでいた。皆が皆疲労の色をにじませているが、満研の部員は疲れ以上に晴れ晴れした表情をしている。
やがて一人の男子生徒が御幸の前に進み出た。やや小太りで額にバンダナを巻いたその生徒は、御幸の記憶によれば満研の部長だったはずだ。
彼は実に無駄にいい笑顔で、
「まずはお礼を言わせてもらおうか。久しぶりに血沸き肉踊る戦いだったよ」
「さいですか……」
「うむ。何というか、こう、もう、アレだ、――楽しかったぞこんチクショウ!」
ばっ、と両手を広げて急にこちらに抱擁しようとしてきた部長を軽く避け、ついでにすれ違いざまに膝をたたき込んだ。
「ぐぼっ!?」
豚の鳴き声のような声をあげ倒れる部長を冷ややかに見下ろし、
「そんなことはどうでもいいから、約束は守れ」
「へふ、ふははは、分かっているさ我が強敵(とも)よ」
「……とも、って、マジか」
がっくりとうなだれる御幸には目もくれずに、
「約束は守る。部室はゆずろう。――我々は負けたのだから」
「……にしてはやけに明るいな貴様ら。何か裏があるのではなかろうな?」
由紀が横目で胡散臭そうに言うが、部長は気付いているのかいないのか、変わらず笑顔を崩さない。
「はっはっは、そんなことはないさ。ただ我々は嬉しいのだよ、拮抗し、一瞬の判断ミスで力関係が逆転するような、そんな白熱した戦いを繰り広げられる仲間ができ――っていねぇし!」
帰宅部の面々はいつの間にかいなくなっていた。
「うぉぉぉぉぉおお! 同士よっ、今一度カムバーック!」
誰も戻ってこなかった。
◇
「つ、疲れた……」
「まったくだ……二度とこんなことはやりたくないな」
「まあまあ、勝てたんだし終わり良ければすべて良しだよ鈴くん、樫元さん」
帰り道、帰宅部メンバーは街頭に照らされた道を歩きながらそんな話をしていた。
大きくため息を吐きながら、拓巳は後ろを歩く凛に、
「ってか、凛ちゃん大丈夫だった? ごめんね、またこんな……」
「え? あ、ううん。そんなこと気にしなくてもいいよ」
「え、あ、そ、そう? ……って、そういえば最後の方は美奈と一緒にいたんだよね? ――まさか美奈に何かされた!? 口止めされてるの!?」
恐ろしい想像が脳裏に浮かび、あわてて問う拓巳。それを聞いて凛の隣を歩く美奈が眉を寄せて嫌そうな顔をした。
しかし凛は笑いながら首を横に振り、
「穂沢さんはそんなことする人じゃないよ。拓巳くんは悪く思いすぎだよ?」
「……え?」
凛は、思わず阿呆のような顔をして立ち止まった拓巳の横を通り過ぎ、
「ねっ、穂沢さん。拓巳くんなんか置いて先行こっ」
次いで、美奈がクスクスと笑いながら拓巳を追いぬいた。
固まって数秒。ゆっくり振り返り、
「……、……何があったの?」
拓巳は先を行くふたりの少女の背を見てつぶやいた。
END