華麗なる逃亡日記 〜DONA NOBIS PACEM〜-6
右を見れば木、左を見ても木、おまけに顔を前へ向けても木。
木木木、視界を埋め尽くす樹木にいい加減辟易しながらも、御幸は森の中を駆ける。
「やらせはせん! 栄光ある満研を、貴様なんぞにやらせはせんぞぉっ!」
そして、後ろから追い掛けてくるのは阿呆がふたり。さっき倒した生徒と一緒にいた生徒だ。
「うぉぉお! 軽間はなぜ死んだっ!?」
「坊やだったんだろ!? ……それ位でやめておけ!」
背後に向けて忠告と射撃を同時に行い、また疾走。
「……さすがに疲れたんですけど。そろそろ終らないかなぁ」
ひとりでつぶやきながら腕時計へ視線を走らせたが、残りの時間は後ろのふたりを倒しても、それでもまだお釣りが来るほど余っている。
「……狙うは敵陣突破かな、やっぱ」
敵の総数は八。その内のひとりは倒し、ふたりはさっきから後ろにいる。なのでフラッグを守っているのはひとりかふたり程度だろう。さばける自信は十二分にあるが、それでも万全を期すために体力は最後の障害を突破するまで温存する。追ってくる阿呆ふたりを相手にしないのは、そういう理由からだ。
御幸は走りながら、開始前に見た見た森の地図と、そこに記された敵陣の位置を思い出す。おそらく、このままの方向に走っていれば敵陣まではあと少しのはずだ。
ならば後ろのふたりが積極的に攻めてこないのも分かる。陣地にいる仲間と挟み撃ちにでもするつもりなのだろう。
……こちらも望むところだよ。
ほどよい緊張感に皮膚が粟立ち、神経が研ぎ澄まされていくのが分かる。気が付けば、己の口元に小さく笑みまでも浮かべていた。それらすべてを快いと思いながら、御幸は駆ける。
また一本の木をすり抜けるように避けた御幸の目に、三つの人影が映った。割りと木々の開けた場所にいるふたつの影と、御幸の位置からはよく見えないがそこから少し離れた木の陰にひとつ。
いよいよ敵陣到着かと身構えたが、よく見れば三つの内の奥のふたつの人影は男にしては小柄だ。さらに言えば遠目でも分かる見慣れたその顔は、
「穂沢さんに冬月さんっ!?」
ふたりも自分と同じ考えを持ってあそこにいるのだろうか、それとも偶然か。どちらにしろ敵戦力がはっきりしていない今、味方が増えるのは勝率を上げるのにつながる。
御幸は小さく笑みを浮かべながら、まだこちらに気が付いていない様子のふたりに声を掛けようと口を開こうとした。
だが、その表情は視界の端に捉えたあるものによって一瞬にして強ばる。
その目に映るのは、場所を動いて木の陰から姿を表した満研の生徒。そして、その彼は明らかにふたりを狙っている。
御幸は内心で自分の間抜けさに舌打ちをした。
思えば気付いて然るべきだった。
さっき確認した人影は三つ。その内ふたりが味方だったので安心していたが、冷静に考えれば残りのひとりが拓巳か由紀ならば、ふたりから離れ隠れている理由がない。
だが安心できる要素もある。幸い、敵は凛と美奈に意識を集中させているのか、まだこちらには気付いていないようだ。ならば、
……気付かれる前に仕留める!
少し距離があるが、落ち着いて狙えば当てられる自信はある。先に凛か美奈が撃たれるかも知れないが、それは仕方ないことだ。
……他人を守りながら戦えるほど、強くはないからね。
そう自分に言い聞かせ、走りながら銃をしっかり握り締める。そして身体を安定させるために歩調を緩めた瞬間、
「間合いが甘いわド素人めっ!」
背後からの声とともに弾が耳のすぐ横をかすめていった。反射的に振り向けば、いつの間にか後ろの敵との距離はかなり縮まってしまっていた。
自分と敵の距離の近さを確認し、慌てて木の陰に身を隠す。それでなんとか追撃をしのいだが、さっきの声は美奈たちの方まで聞こえたのだろう、木々の合間から、こちらに視線を向けている姿がわずかに見えた。
……まずい!
ふたりの視線がこちらに向いたことで、敵は美奈たちの死角に入った。これではふたりとも絶好の的だ。
……どうする?
飛び出しかけて、御幸は何とか身体を制し自問する。声をかけてもふたりが反応するより早く撃たれるのは明白だ。かといって自分が出ていっても、前後から集中砲火を受ければほぼヒット確定だ。最悪の場合、拓巳と由紀がやられていれば、こちらの全滅。
仲間が犠牲になるか己が犠牲になるか。
主観では思うところがあるが、客観的に見れば争いごとに向いていない凛はまちがいなく戦力外だ。そして、美奈よりは自分のほうが戦力的には大きいと思う。
……だとしたら、とるべき道は一つ。
答えは決まった。表情を引き締め、御幸は前に向かおうとしていた身体をわずかに沈めた。