華麗なる逃亡日記 〜DONA NOBIS PACEM〜-3
「……何を言っているんだ? 私は貴様のそういう騒がしいところは嫌いだな。ついでに言うと外見も性格もだが」
「僕のこと全否定!? ……じゃーなーくーてーっ! さっき確かに反対方向に走って行ったじゃん! なにゆえここに!?」
「いたら何かおかしいのか?」
「いやいやいや、おかしいに決まってるってばっ! 常識的に考えて! 僕のコモンセンスと神に誓っておか、しい……よ……」
言葉は尻すぼみになって消えていく。
「ん、どうした? さっさと続けたらどうかな?」
「は、ははは。うん、何て言うのかなぁ、そのー、頭に突き付けられてるものがなかったら言うんだけどね。あははは」
変な汗をだらだらと流しながら笑う。
その頭には、いつの間にか銃。
「ふふふ、思い切って言ってみるのも楽しいかもしれないぞ? 変わった愉悦に浸れるかもな」
「じ、冗談じゃないって。……実は由紀が撃ちたいだけなんじゃないの?」
「ふふふふ、面白い事を言うな」
「は、ははは」
汗だらだら。
「ふふふふふふふふ」
「あははははははは」
「……。……死ね」
「ひああああぁぁぁぁァァァァア!? ちょっとタンマ! この距離はさすがに危ないってばマジで! お代官様ぁ、どうか、どうかそれだけは勘弁してくだせぇ!」
両手を上げ、なぜか時代劇口調で許しを請う拓巳。
そんな拓巳に由紀は真剣な表情で、
「おい、いいか鈴村。昔からよく言うだろ? ――急死に一生を得る、と」
「……き、九死?」
なぜか、とてつもない違和感を感じて聞き返す。
「そう、急死。突然死ぬことだ。……言うよな?」
「言わない言わない! そんな荒んだ格言なんて微塵も聞いたことないよ!?」
「これはだな、急死することによって、生まれてからそこまでの人生を一生として区切れる、つまり一生を得るという意味だ。だから……急死も悪いことだけではない、と言う事だな。よって死ね」
「造語と自己解釈の必殺コンボっ!? これって奇妙なストレンジ!? ……って、やーめーてー! 頭ヘコんじゃうって!」
ヘコむ訳がない。
「ええい、往生際が悪いぞ! 男なら儚く散れっ!」
じたばたと暴れる拓巳を片手で器用に押さえつつ、由紀は引き金に指をかける。
その頬が微妙に朱に染まっているのは、念願かなって宿敵を叩きのめす事ができるからだろうか。
「あーっ! そうだ由紀、唐突に思い出したけど今かなりヤバい状況なんだって!」
「いまさらだな。見れば分かる」
「違う違う! ヤバいのは僕だけじゃなくて由紀もだよ!」
「いったい何を――」
言っているんだ、と続けようとしたとき、突然拓巳が真剣な顔になり、由紀の手を下から強く引いた。
バランスを崩して尻もちをついたような格好になる由紀。
「っ、なっ、何をする鈴村!? ――外国的な倫理感で国際人のアピールか!?」
「……何それ? いいから早く――!」
さらに手を引く拓巳に由紀は、
「ええい、離せ! 男に迫られてもまったく嬉しくないぞ! 女子限定だっ。……ああ、いつか美奈に迫られてみたい……そして目くるめく愛の園へ!」
「何をひとりでクネクネと盛り上がってんのさ!? ――もう、狙われてるんだよっ!」
直後、まるで拓巳の言葉を証明するかのようなタイミングで、近くの木に弾が当たって跳ねる。
それを見て真剣な表情になった由紀に、
「大声出したからここにいるってバレちゃったんだよ。……僕、さっき追い掛けられてたから。まだ近くにいたんだね」
「そういうことは一番最初に言え阿呆が! ……くそっ、一方的に位置がバレてるなんて最悪だな。どうしてくれる鈴村」
「あーもう、文句よりも敵を探そうよ! 僕は右、由紀は左!」
弾避けのために木の陰に隠れながら、辺りを見回す。
「ふう、何が悲しくて野郎を探さなくてはならないんだ。……探すなら清楚な少女が……いや、活発な娘もいいが……お姉様も捨てがたいな……」
隣で由紀がマイノリティな嗜好を全開にしているが無視。
改めて見回すと、森の中だけに隠れることができそうな場所はかなり多い。遠くの木の後ろなどにいたらお手上げだが、開始前の話し合いで武装は一律拳銃のみと決めてあるので、そんなに遠くから狙撃しているわけではないはず。
「――時に鈴村、聡明な私は一つ思うことがあるんだが」
どこに隠れているか探していると、いつの間にか現場復帰した由紀が唐突に言った。激しくいやな予感がするが、無視するのもどうかと思うので返事をする。
「何? ……っと、先にクギ刺しておくけどね、死ねとか殺すとかそういう物騒な話は無しだよ? 言っても無駄だとは思うけど」
「舐めるなよ。いくらなんでもこの状況でそんなことを言うほど馬鹿ではない」
「はは……それを素直に信じられたらどれだけ幸せかなぁ……」