華麗なる逃亡日記 〜DONA NOBIS PACEM〜-2
そう黙考する視界の中、思惑どおりに素早く身を隠した影は三、右手側の敵が一番近いと確認。
御幸の動きはそこで終わらない。最後の弾が木の幹へ命中する前に、回転の勢いを余すことなく利用して、一番手前の敵に向けて駆け出した。
木々の隙間から見える迷彩服は眼前に迫る白に慌てた様子で銃を向ける。
その手に握られているのはハンドガン。銃には明るくないため種類は分からないが、性能は自分の持つものと大差ないはずだ。
その事を踏まえた上で、木という大量の障害物があるこの場では狙いも無しに当たるものではないと速断。恐れず、ほとんど前傾姿勢になりながらもさらに踏み込んだ。
足元や顔の横スレスレを飛来物が高速でかすめるのが分かる。それも一つや二つではないが、御幸はそれらに意識を向けない。
そして三歩という間をもって、相手と自分を隔てるものは木が一本のみになった。
だがその頃には残りのふたりもこちらの位置を確認し、射撃体勢へと移行するのを視界の端にとらえる。
いくら個々の命中率が悪いと言っても、三人分の弾丸となれば話は別だ。こちらが相手に当てる前に、確実に一発か二発は食らうだろう。
サバイバルゲームにおけるヒット（戦死）は宣告制のため、その程度なら気付かなかったふりもできるが、
……勝負はフェアだからこそ面白いんだよなっ。
思ったときにはすでに体を動かしていた。前傾姿勢になっていた上体を力任せに跳ね起こすと、間を置かずバックステップ。白い裾がひるがえり翼のようにはためく。
御幸はその挙動一つで左のふたりから死角になる木の陰へ。これで相手は正面に見えるひとりのみ。
「――――っ！」
直後、先程まで御幸の身体が占めていた空間へ、左前方からの大量の弾が降り注ぐ。
安堵はまだだ。
地面を叩く連撃の音を耳に、御幸は背後へ跳躍しながら残りの脅威へ銃を向ける。
すでに構えている相手とこれから狙いを付ける自分。この不利な状況で、御幸は一つの表情を浮かべた。
それは薄い笑み。
負けを悟った悔恨でもなく、勝敗に対する焦りでもない。
だが敵は構わず撃った。敵意を込めた数発の威力が空を切る。
対し御幸は、空いている左手を勢い良く突き出した。己の真横、そびえ立つ木へと向かって。
木を強く押したことによる反作用は、着地寸前の御幸の体を強引に右へと動かす。
回避。だが追撃はない。
弾切れだ。
そして相手が得たのは焦り。それは、一呼吸の間ほどだが全ての動作を縛る枷（かせ）となる。
御幸は己の勝利を確信すると笑みをさらに深くし、
「自分が何発撃ったか思い出したか!? 思い出したなら――」
隠れる暇など与えはしない。
「――今のうちに後悔しとけっ！」
連射。
手指に伝わる確かな反動をもって、弾丸が次々と射出される。
セミオートで発射された無数の弾丸は空を穿ち、
「――っぁ！」
我に返った目の前の敵へと食らい付く。
一瞬の静寂。
すべてが終わると、わずかに間を空けて悔しそうな声が戦死を告げた。
御幸は笑みのまま銃を下げ、
「ご利用は計画的に、無理のない戦闘プランを。――これが警告その二だね」
◇
拓巳は走る。走りに走る。
木の根などで何度も転びそうになっても、それでも必死に走り続ける。
……走れ、走るんだ僕！ 走れ走れ、走り続けろ！ 走って明日へ辿り着け！
恐怖で軽くトランス状態になりながらも、無我夢中で足を前に出す。
疲れた脳裏に浮かぶのは、鬼神のごときひとりの女子。
「っおえあぃ!?」
と、考え事で注意力が落ちたのか、木の根に気付かず見事なまでにつまづいた。顔面から地面にダイブして、二転三転と派手に転がる。
「ふぐぅ、い、痛い……不幸だ……」
奇跡的に少しの掠り傷で済んだ顔をさすりながら拓巳は辺りを見回し、
……静かでいい森だなぁ。癒される。
直前の不幸発言はどこへやら、大自然の中で和み始めた。
聞こえるのは鳥のさえずりや葉が風に揺れる音、
「あと、貴様のみっともない泣き声だな」
頷きかけて、え？ と拓巳は疑問に思う。周囲には誰もいなかったはずなのに返事が来たからだ。
「どうした鈴村、間抜な顔をさらして。そんな事は自慢にはならないぞ？」
「――ってえぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇえ!? なな何で由紀がここにいるのさ！ って言うか心読まれたっ!?」