オタクと冷静男と思い出話-15
「おとなしく家で先輩たちが帰ってくるのでも待っててくれ」
「……そうですね。さすがに今回は邪魔できませんしね」
一瞬、自分の耳を疑った。
こんなに潔く諦めるなんて、どうしたのだろうか。
「この仲直りは幸一郎さんにとって大切なことですもんね」
それを聞き、何かこう、心の中にある良心らしきものが激しく傷んだ。お前はこの純真を疑うのか、と。
しかし、同じく警戒心が、どうせ桜子自身の楽しみのためだ、と訴える。
「それにわたくしも友達が仲たがいしたままなんて嫌ですから、どうか頑張ってきてくださいね」
だが、にっこりと天使のような微笑みを浮かべた桜子を目前にして、良心の傷みが警戒心を簡単に越えた。
すまん桜子、僕はお前を誤解していた!
と、心の中で本気かつ全力で謝罪する。
「……行ってくる」
自分だけ汚れたような気分を背負い、オルゴール片手に自分の部屋から出ていく。
つばさの家に向かいながら、これから言うことをまとめようと考えてみたものの、まとめる以前に掛ける言葉が見つからない。
僕の頭脳には、心に染み渡り感動を促すようなステキな台詞を創るスキルなど、微塵も存在しないのだ。
まあ、気張らないで普通に話せばいいのだろうけど、今はそれすら思いつかない。つばさに言わせれば、僕の性格は感情が絡んだ話には向いてないらしいし、自分でも確かにそうだと思う。
と、考えてるうちにつばさの家。すぐ近所だから当然だが、それにしても近い。謝罪文を考える間もないぐらい近い。
「……」
だが、悩んでいても始まらない。それに、ずっと家の前に立っていて空き巣と間違われる可能性も、なきにしもあらずだ。
最近、ここら辺では空き巣が多発しているらしく、住民も殺気立っている。
一週間前、山田さん宅に侵入しようとしている空き巣を近所の方が発見、ただちに取り押さえて、ボコッた上にサツに突き出されたくなかったら金を出せと脅し、財布を徴収した挙げ句に警察を呼んだらしい。
ちなみに空き巣は、到着した警察に、泣きながら早く逮捕してくれと頼んだとか(しかし、通報した人も恐喝と傷害で一緒にお世話になったらしい)。そんなことになったら洒落にならない。
と、閑話休題。
つばさの家のインターホンを押した。つばさの両親は土日も仕事の日が多いので、昼のこの時間、玄関に出るとしたらつばさか妹だろう。
「……」
だが無反応。妹も遊びに出掛けたのか、いないらしい。そっちの方が好都合なのだけれど。
「おじゃまします」
誰も聞く人はいないが、一応断ってから中に入る。
勝手知ったる家のなか、目指すは二階のつばさの部屋。
部屋の前に立ち、一度だけ深呼吸して準備は完了。控えめにドアをノックする。
「おい、いるんだろ? 勝手に上がらせてもらったぞ」
返事はない。
「……なあ、入ってもいいか?」
予想どおり無反応。しかし、ドア一枚隔てた向こう側にいるのが分かる。
「……オルゴール。すっかり忘れてたよ。約束したのにな」
長丁場になりそうなので、ドアに背を預けて廊下に座り込み、頭の中では昔の話を思い出す。一言一句までとは言わないが、それでも鮮明に蘇る記憶。
聞いてくれなくてもいい。
どうせこれから始める話は、過ぎた日を懐かしむためではなく、ただ情に訴えるための下らない道具で、
――でも、忘れちゃいけない、僕たちの大切な思い出。