オタクと冷静男と思い出話-14
「――……あー、そう言えば」
「?」
「大宅さんは部屋を掃除したか聞いてきたんですよね?」
「ん、まあ」
「って事はですよ、たぶん、何かを見つけて不機嫌になったのではなく、何かが無かったから不機嫌になったんじゃないですか?」
「――ああ、ナイス名推理」
いまので、僅かに桜子に対しての好感度ゲージが上がった。
「日本語と英語が重複してますよ。勉強が足りませんね」
すぐに下がった。これてによってプラスマイナス0、元の評価になる。
とにかく、掃除する前に部屋にあったものを思い出し、関係ありそうなものに目星を付けることにした。
捨てたもの一つ目、つばさが持ち込んできたスナック菓子などのゴミ。
……てゆーか、ゴミ捨てただけで嫌われてたまるか!
って事で却下。
同じ理由で二つ目、蓄まっていたプリントを捨てた、も無し。
三つ目……は思いつかない。もう捨てたものはないはず。と言うことは、捨てたのではなく片付けたもの?
「しかし、何か無くなっただけであそこまで怒るものなのか?」
「……女の子は幸一郎さんが思っている以上に思い出を大切にするんですよ。特に大宅さんは良い意味で純朴ですから、余計にそうなんでしょうね」
つまり、つばさにとっての思い出が、僕には気付かない程度、ほんの些細なことに感じる。それがつばさとの距離の表れということだろうか。
僕は、いつもあんなに近くにいたというのに、つばさがいったい何に喜んび、何に悲しんでいたのかも知らなかった、その結果がこれだ。こんなの出来の悪い喜劇にもなりはしない。
「あ、でも良かったじゃないですか。それだけ大宅さんは幸一郎さんとの思い出を大切にしてたってことなんですから。ね?」
表情から僕の思いを察したのか、明るく言う桜子。
ありがたいな、と本気で感謝する。
「幸一郎さんがここで諦めてしまったら、観客としてもつまらないですからね」
本気か嘘か、どちらにしろ励ましてくれているのだろう。多少ムカつくけど。
「しかし……」
部屋を見回すが、やはり思い出に関係するものは思いつかない。クローゼットの中を全て調べなくてはいけないのだろうか。そんな事をしていたら日が暮れてしまう。
「……なあ、遠矢ならどんなものを思い出の品だと思う?」
「そうですね……何かの記念のときに関係あるものでしょうか。たとえば誕生日プレゼントとか」
「……やっぱりそうだよな」
……プレゼント?
なぜか引っ掛かるその一言。つばさからの誕生日プレゼントは、ストラップや文房具、エトセトラ……片付けたり捨てたりしたものはないはずだ。
しかし、他にも何かあった気がする。この場には無い何かが。
それを思い出すために、昔の記憶を辿っていく。高校に入学したとき、中学生の頃、小学生の……。
「っ……!」
そして、今はクローゼットの中に眠っているだろう『それ』を思い出した。そのときの言葉と共に。
あのとき自分はそれを貰い言ったはずではないか。『ずっと大切にする』と。
慌ててクローゼットの扉を開けて、それを探す。
掃除をしたのは一週間ぐらい前だから、それは手前の方にあるはずだ。
はたして目的のものは大した時間も掛からずに見つかった。
それは少し古びた小さな箱。
「……箱、ですね。中に何が?」
背後から覗き込んでいた桜子が問う。
「……」
答える代わりに、小さな蓋を開く。すると同時に金属の板を弾く小さな音が響く。
それは、個々ではただの金属音、しかし、それを一つ、また一つと連続させることによって一つの旋律を作り出す器械。
「オルゴール……」
金属的な、しかし、それでいて優しい音を奏でる箱。
再び蓋を閉じ、
「……どうしたもんかな」
「え? 大宅さんのところには行かれないんですか?」
当然それも考えたのだが、
「行ってどうする? ちゃんと持っていたとでも言えと?」
「ええ。それが原因ならそうすればいいのでは?」
「……つばさはこれが部屋に無かったことを怒ったんだよ」
桜子は聞き取れなかったのか怪訝な顔をしているが、説明する気にもなれないから、適当に誤魔化すことにした。
「……ま、これから行くだけ行ってみるさ」
「あ、でしたら、わたくしも……」
「控えめに言わせてもらうが――ジャマだ。ついてくるな」
「……」
言いつぐむ桜子。しかし、こいつがこの程度で素直に引き下がるなら、世界はもう少し平和に決まってる。
どことなく寂しそうなあの表情はたぶんフェイクだ。それでも、馬鹿な男を二人か三人ぐらいなら軽く落とせるだろう。