三連休 始まりの夜編-1
だから１２月は嫌い。ただでさえ忙しいのに、年末年始のお陰で月末の締め作業の日程が前倒しになる。おまけに今年はクリスマスが三連休だ。シングルな私にとってはなーんのありがたみもなく、むしろありがた迷惑な三連休だ。浮かれた街を横目に一人で部屋にこもっているくらいなら、仕事していたほうがマシだっていうの。大掃除だってあるし、今日の忘年会の幹事までやるハメになった。とりあえずお店の予約はしたけど、景品なるものの買出しにいかなきゃいけないらしい。しかも去年までいた支店とは違って、この営業所は女性が私しかいない。誰かに頼めばみんな優しいから手伝ってくれるだろうけど、よりによって今日は鈴木主任しか事務所にいない。実は支店にいる頃から、憧れていた人だけど、異動してきてみたら、オレに近づくなオーラが強すぎて、半年以上経った今でも業務上必要な会話以外話しかけられずにいる。おかげで電話が鳴る音や、お互いがパソコンを操作する音以外は無音だ。おかげで事務仕事ははかどるけれど、息苦しくて仕方がない。うーん、所長でも誰でもいいから早く帰ってきて！
「お疲れ様ですー」
待望の戻ってきてくれた人は、１コ下の鈴木くんだった。１０人しかいない営業所なのに、所長も主任も、カレも私も鈴木という、ヒジョーに紛らわしい部署。内輪ではほとんど名前で呼び合っている。
「コータくん！いいとろこに帰ってきた。忘年会の買出し、付き合ってほしいんだけど」
鈴木主任が席を外したスキに、コータくんに依頼する。帰ってきたのはやっぱりＯＫの返事だった。
「修平さんにお願いすればよかったじゃないですか」
修平さんとは、鈴木主任のこと。私以外みんな彼より若い人は修平さんと呼び、彼より上の人は修平、と呼んでいる。
「んー、そうなんだけどねー」
「いい人ですよ？修平さん。ちょっとクールそうに見えるからとっつきにくいかもしれないけど」
知ってるよ、鈴木主任がいい人だって。それは言葉にせずに、コータくんとそんな話をしながら向かったのは営業所の近くにある家電量販店。毎年忘年会はココでちょっとした商品を購入して、それぞれくじ引きで配るのだという。平日だというのに店内はちょっと混み合っていた。予算もあるので、テキトーに商品を選んでいく。ドライヤー、たこ焼き器、加湿器、シェイバー。電気敷き毛布、ちっちゃな電気ストーブ、ホットクッション。ＬＥＤランタンや手回し充電ラジオは値段と世相を反映してセレクト。最後の１個はコレが肩こりに悩む所長に当たったらいいね、と小型のマッサージ器にした。まさかその最後のセレクトがその半日後に自分の運命を変えることになるなんて、その時は全く想像もつかなかったけれど。包装を依頼したら時間がかかるとかで、忘年会の会場に行く前に取りにいくことになった。これも大きな落とし穴になるとはやっぱり予想もしていなくって。だから１２月は嫌いだ、と思いながらお店をあとにした。
夕方。本当は残業したかったけれど定時で仕事を切り上げて、家電量販店へと急ぐ。一緒に買い物に行ってくれたコータくんは、客先から呼び出しがかかってしまって一人でお店へ向かう。レジのお姉さんに心配そうに見送られながら大きな袋３つ持って、えっちらおっちら予約したお店へ向かう。去年幹事をやらされたというコータくんのアドバイス通り、家電量販店から近い店を選んだのは正解だったと思う。それでもかなりへこたれそうになりながら歩いていると、背後から威圧的な人影を感じた。
「持つよ」
自分の３０センチ以上も上から降ってきた言葉、鈴木主任だ。
「あ、ありがとうございます」
私が苦労して運んだ荷物をすんなり一人で持ち上げて歩き出す。普段よりもかなりゆっくり歩いてくれてるのはわかる。でも背も高く足も長い主任と一緒に歩くのは背の低い私にとっては至難の業。
「誰かに頼めばよかったのに」
「あ、コータくんにお願いしてたんですけど、お客様に呼び出されちゃって…」
「あぁ、そうだね。でも他にも今日だったら手の空いてた人間いたでしょ？」
「は、はい…」
気まずい空気。会話が続かない。なのに店に着いたらスペース的に鈴木主任の隣に座る以外なかったのだ。もうこうなったら飲むしかない。けっこうなハイペースでジョッキを開けていく。
「鈴木、意外に酒豪なんだね」
途中で呆れたように鈴木主任に話しかけられた。まさか会話が続かないから飲むしかないじゃない、なんて言えるわけもなく、実はザルなんです、と告白すると笑ってくれた。お酒のせいか、少しだけ会話が成立していく。実は最寄駅が一緒、だとかよく行くスーパーが一緒、だとか。住んでいる場所も歩いて５分かからないくらいだと知って驚いた。ずっと既婚者だと思っていたけれど独身だと知った。料理が好きだそうで、いくつか簡単にできて美味いというレシピも教えてくれた。そばにいた誰かにだからコイツは彼女もできないんだ、と突っ込まれてる。そうか、彼女もいないのか。男前で優しいのに。ちょっととっつきづらいけど。プレゼントは私がたこ焼き器、所長向けに選んだ小型マッサージ器が鈴木主任、という結果になった。なんだか冷やかされていたけれど、その時はその意味がわからなかった。
「しゅーへい、ちゃんとチカちゃん送り届けるんだぞ！」
お開きになってみんなと別れる時、ちょっと酔った所長にそう言われてしまった。鈴木主任ははい、と返事してくれたけれど、迷惑じゃないのかな？さっきの忘年会で少しは会話できるようになったけれど、それでも私はまだまだ緊張していた。あれだけ飲んだのに。どっちかっていうと、鈴木主任の方が若干酔っているんじゃないだろうか。帰りの電車の中、住んでいる街について少し話す。鈴木主任の家も、私の家も駅の南口で、居酒屋やラブホが立ち並ぶ北口は未開拓地、だというのがお互い一致した。