四-1
春子の母、紫乃(しの)が逝ってからもう随分と二人で暮らしてきたはずなのに、今宵の春子はやけに怯えていた。
居ても立ってもいられなくなり、布団を抜け出して部屋から忍び出た。
日付が変わろうとしているのに眠れないのだ。
「お父さん。まだ起きている?」
紳一の部屋の襖越しに、春子は声をひそめて言った。
「どうした。眠れないのか?」
いつも通りの優しい紳一の声だった。
何事の音もたてずに襖を引き、春子は紳一のそばまで進んで正座した。
「さっきはごめんなさい……」
「いいや。僕のほうこそ、ぶったりして悪かった」
胸の内を言えたとき、春子の心はほろほろとほぐれていった。
「一緒に寝てもいい?」と春子。
自分の学校の生徒があんな目に遭ったのだから、一人で眠れないのも無理はないと紳一は思った。
「僕のいびきを我慢してくれるならね」
言いながら春子の頭を撫でてやった。
無言の春子は、暗がりの中で紳一の胸に顔をうずめた。
春子の髪から漂ってくる甘い匂いが、紳一の鼻をくすぐってくる。
「私、お父さんのことが好きだからね」
春子の息が紳一の胸元にかかる。
「お母さんが好きになった人だもの。私だってお母さんに負けないくらい、お父さんが好き」
紳一の手に余るほど、春子は健気(けなげ)でいた。
娘の前では『男』であってはいけない。どんなときでも父親であることを忘れてはならないのだ。
しかしそんな紳一の思いが今、大きく揺らいでいる。
紳一の知らないあいだに、春子はすっかり『女』へと成長していたのだった。
乳房のふくらみがわかる。腰のくびれがわかる。体中から匂う色気がわかる。
「お父さん……」
春子は目をうっとりさせて呟いた。
「お父さんのことを考えるとね……、あっちのほうが熱くなってくるの……。どうして?」
紳一のことを困らせてやりたいと思った。意地悪ではなく、かまって欲しいのだ。
あきらめの悪い子どものように、春子は紳一の目をじっと見つめた。
紳一は、そんな春子の顔に紫乃の面影を見たような気がして、理由のつかない全身の震えをおぼえた。
*
果たして月明かりはこの部屋を青白く照らしていただろう。
そこにはもう脱がされた春子の下着が、わびしく落ちていた。
「今日は……大丈夫だから……」
春子が月経のことを仄めかしているのだと知り、紳一は裸の体をそこに重ね合わせていった。
春子のすべてが愛しい──。
紳一の口が、春子の耳たぶ、首すじ、うなじまでを優しく食(は)むと、春子の肢体がぴくんと縮まった。
両手の行き場がさだまらず、紳一の腕にしがみついたり、布団のはじを掴んだりしている。
紳一の舌による愛撫が春子の肌をくだりはじめ、やがて乳房の輪郭を舐めまわしていく。
それでも春子は嫌がる素振りも見せずに、顔を強ばらせ、唇をかたく閉ざしているだけであった。
むっちりと柔らかく、触りの良い乳房。
その先端まで舌を這わせていくと、凝り固まった乳首を口にふくんで吸い上げた。
「うんん……」
春子は鼻から息を抜いた。
春子がこんな反応を見せるなんて。
こんな関係になっていなかったら、ずっと知らないままでいるところだった──。
寿命の短い花のような儚さを孕んでいるのは、紫乃の血を受け継いでいるからなのか、春子の肌は向こうまで透き通って見えた。
紳一が触れた瞬間にはもう肌の深くにまで指が沈み、押し返す弾力にも若さが窺えた。
あどけない乳房が、手の中で揺れていた。
春子はときどき唾を呑み、小鼻をふくらませて吐息を漏らした。
紳一は春子の股のあいだに潜り込んで、なおさら上唇と下唇とで腹を噛みつつ、下半身までを辿っていく。
そこから漂う匂いといったら、甘くて酸っぱい未成熟な風味であり、陰茎を酔わせる香りであった。