PiPi's World 投稿小説
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No895-08/13 23:54
男/ソロ
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 紫煙さえも名残惜しそうに見詰めながら、その老人は一口ひとくちを味わって吸った。
「これが最後になるかもしれねえからな」
僕の表情に気付いたのか、とても穏やかな笑顔で答える。どうやら僕はポーカーフェイスに向かないようだ。
「やめて下さい。冗談でも」
「医者は真面目に言っとったぞ」
僕は困り、彼は笑った。笑ってる途中で、乾いた咳をした。嫌な咳だ。
「大丈夫ですか」
 すぐさま背中に手をやろうとするが、その行動を彼は拒んだ。再び煙草を口に付ける。
「長生きしてえならやめろと言われたがな」
まだ途切れがちな息を煙で充たしながら、彼は煙草を僕に向けた。僕は黙って頷いた。
「もう愉しみもねえ人間の唯一の愉しみを取り上げて、それじゃあ、長生きする意味もねえじゃねえか。そうだろ?」
公園のベンチで灰皿を前に座る僕らは、つまり愛煙家という点では同じ。けれど僕と彼では半世紀ほど歴史に差がある。煙草以外の長生きする意味を求めるには、彼には短くとも僕には永かった。
「そうですね」
ただ、僕は彼の言葉を肯定した。愛想でも敬いでもない。砂場の子供達にそう問いてもわからないのと一緒で、つまりは



次は「つまり」で
No894-08/13 10:45
男/ジョン
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大切にしていたハーモニカ、どこにいったのだろう。

「ねぇ、もうやらないの」
彼女は僕のすぐ隣、ベッドの上でよくそう言った。それがきっかけで情欲的になった時もあるし、排他的になった時もある。
「なんの話かな」
短くなった煙草を一息吸い、僕はしぼり出す様にそう言った。彼女の意味するそれが、例えばセックスでは無い事を知っているからだった。
「弱い男ね」
彼女はそう言い笑った。
僕の指におさまる煙草を奪って口につけた。くらくらしそうな魅了的な仕草だっ。
「あなたは少なからず、もう一度は音楽をしなければならない。私ね、そういった勘はよく当たるのよ」
一息、また煙草を吸う。
まるでそれだけが世界の味方みたいに。
「昔に吹いてくれたあのハーモニカ、私は忘れないわよ。夏の夕暮れみたいに哀しくて愛しいあの音色」
僕には何も言う事は出来ない。
「誰か、他の全く知らない誰かにそれを伝えるべきなのよ。そうしないと、私とあなたは死ぬ。そうしないと、酷い事になる」
煙草を揉み消し、僕は身体を起こした。彼女の手が僕の背中に触れる。少し冷たかった。


どこにいったのだろう、あのハーモニカ。
残った紫煙だけが、その行方を知っている気がした。


次『紫煙』で
No892-08/13 00:53
男/フロムポスト
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気持ちが複雑になる時というのは誰にでもある事で、勿論ぼくも例外ではない。
今日、ぼくの家族があまり良い家族ではないらしいという事を再認識した。
言葉で表すなら要するに、家族ごっこをしている血の繋がった他人の集まり、といった所だろうか。
それでも、今まんざら悪い気分でもない。
昼に友達と対戦ゲームをして盛り上がった事が、自分自身に良い印象を与えているからだろう。
ぼくがもうちょっと純粋な人間なら、もう少し真剣に悩んだりしたのだろうけど。
未来に特に希望は無い、過去を振り返ってみても、心が休まるような出来事はない。
だが、今はまんざら悪くない、寧ろ心地よい気分だ。
それでも、見知らぬ誰かが、後ろで自分の服を少しずつ手繰り寄せているような感覚がある。
複雑な気分て、ぼくの場合は要するにこういう気分だ。
そんな時は、ベタなラブコメディが読みたくなる。
暗い展開は無く、主人公と恋人、その周囲の人々が例外なく良い人達ばかりで構成されていて、少し非現実的だけれど笑えてしまうような、そんな文章を読みたくなる。
愛という物が、たとえ存在しなくても、気休めだとしても、やっぱりそれは、どこか大切な物に思うのだ。

「大切」で。
No891-08/12 15:44
男/白いフクロウ
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 笑うことって、苦手。
 昔、鏡の前でニッコリ笑ってみて、あんまり醜くてびっくりした。
 クラスメートたちが楽しそうに笑っていると羨ましくなる。笑顔がキレイな人は、光を纏ってるみたいに明るくみえるんだ。
 なんで私は……。
 チャイムが鳴って、昼休みになった。学校の休み時間は、いつも本を読んで過ごしている。だれかと話すのは苦手だから。
 うまく、笑えないから。
 「なあ」
 いきなり声をかけられて、私は驚いて顔をあげた。私に話しかける人なんてこのクラスにはいないはず。
 「これ、どう?」
 私の前の席に陣取っているのは、隣の席の水川君だった。水川君は私に掌をパーにして見せてきて、そこにはマジックペンで『す』と書いてある。
 「どう、って……?」
 「これはなんでしょう?」
 「……?」
 「正解は、テニス!」水川君はさも得意そうに言った。
 「はあ?」
 意味がわからない。いや、手に『す』とあるからテニス、というのはわかる。だけどなんで、それを私に?
 「ダメか。じゃあ次はね……」
 「はあ……」
 またなにかをし始めた水川君を、私はワケのわからない気持ちで見ていた。


『気持ち』
>887 ありがとうございます^^
No890-08/06 11:52
?/公羽(Akeha)
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 静寂に覆われた部屋の中で唯一、絶え間なく聞こえて来るその音は、耳に痛い程。
 暗く、カビ臭いニオイの立ちこめる、この地下の牢獄の壁に、私は両手足を繋がれている。
 横になる事も、座る事も許されず、立ち続ける事で使う力を、無駄に消耗させたくなかった私は、鎖に吊されるに任せている。

 ここへ閉じこめられて、五日を数えた後に、数える事をやめた。
 食事は日に一度。
 酷く粗末な食事だったが、貧困に喘ぐ人々の生活を思えば、まだ前向きに考える事も出来たのだが。
 やがてそれも、死刑囚に出す食事は無駄だと思われたのか、数日前から来る事もなくなった。

 それでも、私はまだ、生きている。


 久しぶりに人の気配がしたと思うと、ずっと、動く事のなかった空気が流れ始める。
 私の肌を撫でて行く事で、それを感じ取った。
 重く軋んだ音を立てて、牢獄の扉が開いて行く。
 何日か振りに差し込んで来た光は、暗闇に慣れた私の瞳には、焼けてしまうかと思うほど、眩しい光だった。

「よう。 意外と、元気そうではないか」
「これのどこが、元気そうに見えるって、言うんだ」
「やはり元気だ」
 私をこの牢獄の鎖に繋げた検非違使は、さもおかしそうに、ケラケラと笑う。


『笑う』
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