[
書く|
編集|
削除|
古順]
[
戻る|
前頁|
次頁]
No54-03/06 10:58
そいる(PC)
>即ち官僚は道具であるがゆえに善悪の判断が出来ず、道徳感や理性を求めるのは理不尽
道徳観や理性で問題が解決できると考えているのですか?
それが可能であると仮定して、具体的にはどんな手段でそれらを涵養するのでしょうか?
その対策が成功したとさらに仮定して、国民に対してモラルが向上したのでもう再発はありませんと言ったところで、はたして国民は納得できるのでしょうか?
No53-03/06 10:46
そいる(PC)
粗悪な部品で組み立てられた機械は動かないと考えてよいのであれば、日本という機械がとりあえず機能している現状からすると大半の部品は粗悪でないと考えてよさそうですが?
どうあっても官僚全体を腐さないと気が済まない、というのであればそう言ってください。
官僚という人種は例外なく倫理観の劣等な人種であるという考えなのでしょうか?
だとするとほとんど蔑視というか差別の域に達していると思うのですが、官僚という職種に対してはそれが許されると考える根拠って何ですか?
No52-03/06 09:41
奇界皇帝(PC)
☆なるほど、即ち官僚は道具であるがゆえに善悪の判断が出来ず、道徳感や理性を求めるのは理不尽であると。問題は機構が生み出す欠陥に集約されるわけですね。僕としてはどんなに言葉を尽くして細かく法律を制定し、チェック機関を設けても粗悪な部品で組み立てられた機械は動かないと思うのですが。
No51-03/06 09:11
そいる(PC)
責任は局限すべきものであり、原因は究明すべきものです。
メディアの無責任な官僚批判に安易に乗っかるのはただの思考停止です。
それでは責任も原因も追及されず腐敗は放置され税金はいつまでもダダ漏れし続ける。
無益どころか有害ですらある、と思います。
現実に国家の運営は官僚抜きには成立しない以上、官僚というツールを上手に使った方が有益なのは明らかです。
捨てられない道具を粗末に扱って損をするのは誰なのか、言うまでもありません。
No50-03/06 09:11
そいる(PC)
問題のある官僚はたしかに存在します。
先の例えに準じて言えば不良品です。
不良品をその都度交換しても、不良品が発生しやすい設計である限り、根本の解決には至りません。
不良を無くしたいのであれば、不良箇所を特定し、不良の発生原因を究明して、再設計するしかありません。
にもかかわらず、部品の信頼性だけを問題にして、原因究明はほったらかし。
一部の官僚の問題を官僚全体の責任としてとらえるというのは、つまりそういうことです。
<
戻る|
前頁|
次頁>