先祖がえり 1
木崎 狐太郎(キザキ コタロウ)は孤独だった。
彼は今年で14歳になるが、その身なりは小柄でいかにも線が細い印象が目立つ、まさに少年と呼ぶに相応しい体つきであった。
顔つきも幼かったが、幼いなりに整っており可愛らしいと言えた。
性格は弱気で引っこみ思案だが、かなりの優しさも併せ持っていた。
しかしその弱気な性格からか、はたまた華奢な体つきからか、彼は学校でいじめられていた。
物は隠される、無理難題を押し付けられる・・・彼が涙する度に周りの友人(と呼ぶにふさわしいかは別だが)は蔑んだ目で笑っていた。
弱気な彼は言い返すことも出来ず、ただ黙ってその行為を受け入れるしかなかった。
彼の父親である正親(マサチカ)は狐太郎の祖父にあたる 木崎 源之助(キザキ ゲンノスケ)が束ねる国際的大企業「木崎コンツェルン」の重役を務めていたが、元より狐太郎の母親である(明美)と駆け落ちした仲であるということもあり、父である源之助との仲がこじれ、狐太郎が小学校を卒業するころに木崎家本家から離れ、今では狐太郎、正親、明美の3人で暮らしている。
しかし仲がこじれたと言えども親子であるため、正親は未だに木崎コンツェルンに務めており、妻である明美と共に世界中を仕事で飛び回っている。
そのことが彼、狐太郎が感じる孤独感に拍車をかける。
仕事のため家をほとんど空けている両親。ほとんど独り暮らしと言っていい生活。行けばいじめられる学校。
そんな彼の記憶の中に希望があった。
まだ彼の父が本家から離れる前、彼のことをずっと気にかけてくれていた従姉弟の 木崎 留美(キザキ ルミ)の存在と、その言葉である。
「大丈夫、コタちゃんは私がずぅ〜っと守ってあげる・・・ずっと、ずぅ〜っとそばに居てあげるからね・・・」
小さい頃から気が弱かった狐太郎にとって従姉弟の胸の中は唯一の安らぎの場と言えた。
彼には数人の従姉弟が居るが、特に仲が良かったのは留美であった。
彼が小学生のころ、高校生であった留美は、彼のことを心底溺愛しており、まさに目に入れても痛くないほどであった。
彼が孤独に苛まれる時、思い出すのはいつも彼女との思い出であったのである。
さて、物語は彼が14歳の誕生日を迎える前日から始まる・・・
その日、彼の元に何者かが訪れた。
「・・・(誰だろう?)」
誰かが訪問してくる予定など無かったため、彼は突然の来訪者が誰なのか思案しながら玄関に向かった。
気弱な彼は玄関を開ける際も消え入りそうな声で受け答える。
「・・・はい・・・?」
「あ、狐太郎様・・・木崎 狐太郎様ですか?」
扉の向こうに居たのは女性であった。それもとびきりの美女。
背は170センチほどであろうか。女性にしては長身の部類だろう。優しげな瞳が印象的で、長く美しい黒髪はサラサラとして、かつ艶があった。
しかし、何よりも印象的なのはそのきちっと着こなしたスーツを押し上げ、はち切れんばかりの胸である。
「・・・はい。狐太郎は僕ですけど・・・」
狐太郎は見覚えの無い顔の女性に戸惑いながら答えた。
(誰だろう・・・会ったことあるのかな・・・)
記憶を辿ってみるが、彼女に会った覚えは無い。
仕方なく彼は失礼ながらも聞くこととなった。
「あの・・・どちら様ですか?」
「ああ、大変申し訳ございません。自己紹介がまだでしたね。私の名前は加奈、 佐伯 加奈(サエキ カナ)です。本日は狐太郎様をお迎えにあがりました。」
「お迎え・・・?」
「ええ。大変申し訳ないのですが、ご足労願いますでしょうか?」
彼女がなぜここまで恭しい態度なのか分からないが、それはさておきどうやらついて来いということらしい。
しかしついて来いと言われて「はい そうですか」とついて行くわけにもいかない。
「あの〜・・・どこに行くんですか?」
狐太郎はいろいろ聞きたいことがある中で一番疑問に思っていることを尋ねた。
「えぇと・・・来れば分かります。さあ、私について来て下さいませ。」
しかし彼が求めた答えは得られない。
「ちょ、ちょっと待ってください。いきなり来いと言われても・・・」
戸惑う彼。しかし彼の意見は覆ることとなる。
「・・・ついて来て下さらないんですかぁ・・・?」
目をウルウルとさせて見つめる加奈と名乗る女性。狐太郎の身長が150センチほど、いや、それ以下かもしれない身長なので、長身の彼女が上目遣いをするのは無理だが、それでも彼女の不安そうな瞳は彼の心を動かすには十分であった。
「・・・わかりました。行きます。行きますからそんな目で見つめないでください・・・」
「・・・!!」
途端ぱぁっと花が咲くような笑顔を浮かべる彼女。その笑顔はとても慈愛に満ちていて、彼の全てを包み込まんばかりであった。