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黒豹に囚われた少女
【ファンタジー 官能小説】

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豹人と少女-1

「――身代わりでも構わない」

 夜の寝室で、淡い金髪の少女は、黒髪の豹人青年を真っ直ぐに見つめた。

「リュネット……?」

 驚愕したような彼の顔が歪んで見えるのは、止めようもなく滲んで来る涙のせいだ。
 凄く惨めで、泣き喚きたいくらい悔しい。
 全てを打ち明けた彼が、せっかく自由にしてくれると言うのだから、卑怯で身勝手な男だと罵って大嫌いだと軽蔑し、離れるのを喜べれば良いのに。

 彼を大好きな気持ちは、もう既に、とても抜け出せないくらい積み重なり過ぎてしまった。
 だからリュネットは、震える声で告げた。

「エドが……私を、王女様の身代わりに見ていても良い。だからお願い。傍にいさせて…………抱いて」

***


 木々がどこまでもおいしげるうっそうとした密林の奥深くに、その巨大な建物はあった。
 建物は、大国の王城にも匹敵する程に広く高い。一番大きな棟を中心に幾つもの背の高い棟が囲んでいる。
 どの建物も、石とも漆喰とも違う固い灰色の壁でできているが、今では大部分が苔と植物に覆われているせいで、遠目には幾本もの巨大な樹木に見えた。

 夕陽が鮮やかなオレンジに空を染める時刻。
 あちこちの建物の上階から、背中に籠を背負った多数の男女が、次々に飛び出してきた。
 手近な太い枝を伝い、音もなく地面に降り立つ彼らの身のこなしは、まるで野生動物のようだ。
 一様に濃い色の金髪と鋭い目つきの黄色の瞳をした彼らは、男女ともに薄いチュニックとゆったりした長ズボンに薄いサンダルという軽装だった。
 特に武装はしていないが、腰の後ろから伸びたしなやかな豹の尾が、人工の武器など不要だと示している。

 ――彼らは魔族の一種である|豹人《ウェア・パンサー》なのだ。

 辺りは日暮れで密林は暗くなりはじめているが、夜目の利く豹人達には、辺りが闇夜に浸されるこれからが狩りの時間だ。
 今日は良い月夜になりそうだと、上機嫌で話しながら密林へ向かう彼らの向かいから、逆に建物へ戻って来る一人の少女がいた。
 すらりとした体躯と可愛らしい顔立ちをした『人間』の少女だ。
 彼女を見た途端、豹人達はピタリと口を閉じ、辺りには冷たく気まずい沈黙が満ちた。



 冷ややかな空気の中を、リュネットは気にせずにスタスタと歩く。
 本日で十八歳を迎える彼女は、冬の月光を思わせる淡い色の金髪を肩のあたりで切り揃え、真っ直ぐに前へ向けた澄んだ瞳は美しい空色をしている。
 人間の街を歩けば、男性が放っておかないだろう美少女だ。

 彼女が身につけているものは、豹人達のようにチュニックに長ズボンといった動きやすい衣服で、手編みの籠を背負っているのも同様だった。
 しかし、腰に巻いた革ベルトには細身の小型ナイフが数本と護身用の魔道具が備わり、サンダルの代わりにしっかりと脚を保護する頑丈な革のブーツを履いている。
 そして細い首には、どこかまがまがしい雰囲気を放つ、細身の黒い首輪が光っていた。

「おい、リュネット」

 冷たい視線の中を無言で歩く彼女の前へ、唐突に一人の豹人青年が立ちふさがった。

「何か用ですか?」

 リュネットが足を止めると、青年は不躾な態度で彼女の籠を覗き込み、今しがた密林で集めて来た瑞々しい果実を見て顔をしかめた。

「今日は果実泥棒をしやがったか。相変わらず図々しい奴だが、俺に全部寄越せば明日は見逃してやるよ」

 揉め事の気配に、周囲の豹人達が足を止めて二人を遠巻きに眺める。

「失礼ですが、何か誤解されているようです。『一日に籠に入る量ならば、誰が何をとっても良い。密林はここに住む皆のもの』が掟ですから、私は見逃して貰わなければいけない事なんかしていません」

 リュネットは丁寧に返事をしたが、青年はなお傲然と言い放った。



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